『はなればなれ』
この手を離せばそれで終わり。一緒に旅をしてきた勇者の仲間たちはそれぞれ魔王を倒した英雄と呼ばれる一個人となる。旅の最中に育まれた絆とは別に生まれた勇者への好意は日に日に大きくなっていたけれど、それをどうにもできぬまま平和は訪れ、それぞれの故郷へと帰る日となってしまった。
「今までありがとう」
握手を求められて、それに応じる。
「君のこと、わたし好きだったよ」
手を離さぬままぽつりと零した告白を、勇者は笑って答える。
「うん。僕もあなたのこと好きだよ」
それぞれの故郷に戻れば彼には幼なじみとの婚姻が、わたしには族長との婚姻が待っている。勇者はわたしの手をぐいと引くと、胸に収めた。
「……さようなら」
わたしの言葉を待たずに彼は体を離し、手を解く。転移の魔法は一瞬にして彼を遠くへと運び、行動の意味を問うことを阻んだ。
彼には想い人がいると知っていたから、わたしのことなど見ていないと思っていた。それなのに彼にも旅の最中に生まれた好意があったというのだろうか。
「なんで今なの」
彼からわたしへの最初で最後の接触は心を乱し、故郷へと向かわねばならない足をその場に縫い止めた。わたしには魔法が使えないから追いかけられない。追いかけられたとしても、別れの言葉は告げられ、この手は離れてしまった。
「なんで……、」
わたしが泣いている間に故郷に辿り着いた彼は彼を愛する幼なじみに迎えられていることだろう。今までも想像していたことなのに今は自らの心がひどく傷つく思いだった。
11/17/2024, 4:00:34 AM