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忘れられない、いつまでも。


主人は無口な人だった。学生のころは、勉学に夢中で、いつも本に顔を埋める毎日を過ごしていたという、斜め背後に座る、わたしはいつもその光景を横目で見つめていた。
聞くところによると、彼は良家ある家を継ぐため、毎日せっせと学を身につけ、少しでも家の者に認めてもらえるよう苦労しているとのこと。
同じ椅子に座り、同じ教室にいるのに、まるで住む世界が違う、そんな彼とは一度の関わりもなく、卒業を迎えようとしていた。
けれど、卒業式の日。あの人が、わたしのまえに跪いて、付き合ってください、といった。
正直、よくわからなかった。あなたのこと、なんにも知らないけれど、それでもいいのかしら。それも、こんな急に。
すました顔をした人が、わたしのために火傷するじゃないかというほど耳を赤く染めている。
それだけで、わたしの心の返事を伝えるのは十分だった。
わたしの手を触る手つきが妙に優しくて、それと同時に、きゃーっと歓声が上がったのを今でも覚えている。

「さあ、手を」
手を差し伸べたあなたは、ひどく不器用だった。あなた、女性経験がないのね、というと、ぐっと口を噤んでしまう。わたしが、ごめんなさいと謝ると、あなたは表情一つ変えず、腰を抱き寄せた。

「おじいちゃん、記憶戻らないの?」
すっかり白くなってしまったあなたの髪を掴んで、孫がいった。
「覚えているわ、ずっとね」
そう言うと、孫は小首を傾げる。見ればわかるわ、とわたしはいう。何もない空間に手を差し伸べると、あなたは腰を上げて、すぐさまわたしの手を、下から支えた。あなたは、不思議そうに首を傾げていた。

5/9/2024, 7:35:21 PM