初心者太郎

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—喰らう秘灯—

この町に古くから伝わる、言い伝えがある。

『図書館の地下に眠るランタンに、消したい記憶を囁くと、その記憶は二度と戻らない』

思い出したくない嫌な記憶も一瞬で忘れられるらしい。
その危険性から、人目につかない地下に隔離されているという。

——

「タクト、最近彼女と別れたんだって?」同僚のユウヤは耳が早い。

「あぁ、今すぐにでも忘れたいさ」
「結婚も考えてたんだろ?残念だな」

俺たちはもう二十九歳だ。周りはどんどん結婚していくから、徐々に焦りが出てくる。

「そういうユウヤはどうなんだよ」
「俺は自由に生きたいんだよ。だから結婚なんて考えてない」

焦っているのは俺だけだった。
俺たちは、行きつけの牛丼屋に入って昼食をとった。

そして午後はいつもと同じように仕事に励み、帰宅した。この機械的な生活はここ数年でほとんど変わっていない。
ベッドに身を投げ出した。昼間のユウヤとの会話が頭の中に残っている。

「結婚か……」

次に進まなくては、と思った。だが、このままでは心のダメージが大きすぎる。
まずは、この薄気味悪い部屋を綺麗にしてから引っ越す。そして、あの記憶を全て忘れてしまおう、と決めた。

次の休日、部屋の隅々まで掃除して要らないものはきっちりと処分し、引っ越しの手続きをした。だが、数日経っても忘れる事はできなかった。
だから、新しい町に行く前に、近くの図書館に立ち寄った。この図書館にはランタンがあるからだ。

図書館の地下に繋がる階段には、立ち入り禁止の紙が貼られてあった。誰にも見られないように、そっと入った。

「これが噂のランタンか」

見た目は普通のランタンだが、どこか古びた不思議な雰囲気があった。
願いを囁いた。

「彼女の事を忘れられますように」

願いを聞き入れたランタンの灯が、彼女を映し、こちらを見て睨んでいる。

「絶対に忘れさせない。私を殺したあなただけ生きるなんて、ずるいじゃない」

そしてランタンの中に呑み込まれた。
ランタンの灯はいつもと変わらず、明るく、ゆらゆらと揺れていた。

お題:記憶のランタン

11/19/2025, 4:37:44 AM