「風を感じて」
時刻は18時。
夏の日差しを浴びながら、昼過ぎに登った長い坂を、私は愛用の自転車に股がって駆け下りる。
もう夏休みは終盤に差し掛かっているが、日が落ちる時間が早くなる気配はまだ無い。
自転車のライトの出番は、もうしばらく無さそうだ。
いくら仲のいい友人の家に遊びに行くためとはいえ、この坂を毎回登るのは骨が折れる。
友人の家に着く頃には、滝のような汗をかき、しばらくは遊ぶどころの話ではない。
私はこれほどに苦労して毎回訪問しているというのに、もう一人の友人の家は目と鼻の先なので、私が着く頃には涼しい顔をしてゲームに興じている。
羨ましがったところでどうにもならないが、若干の不公平は感じてしまう。
まあ、結局体力が回復して遊び始めれば、楽しくてそんな事はすぐに忘れてしまうのだが。
何より私の苦労を吹き飛ばすのは、この帰り道だ。
全速力で自転車を漕ぎ、全身に風と重力を感じて駆け下りる気持ちよさは、そう感じられるものではない。
もはや私はこの感覚のために、毎回しんどい思いをして、友人の家に遊びに来ているのではないかと思う。
危険なのは重々承知しているが、一度や二度、派手に横転してくらいでは、この気持ちよさを手放す気にはなれなかった。
結局大怪我をするよりも、その友人と疎遠になる方が早かった。
危険よりも、好奇心に従い、無鉄砲に突き進んでいた若いあの頃。
今となっては風のように過ぎていった日々、当時としては永遠に続くと思っていた日々。
はるか昔に駆け抜けた、ひと夏の風のような、そんな記憶の一片。
8/9/2025, 3:28:18 PM