作家志望の高校生

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「あ。」
ある日の暖かな昼下がり。ガシャンと大きな音を立てて、2脚セットのティーカップの片割れを落としてしまった。美しい細工がされたティーカップだったものは、割れた綺麗な陶器片へと成り下がる。そこそこ長い期間使っていた物なので、落ちた破片に妙な哀愁を感じた。
愛惜の念が強かったので、ティーカップは手放さないことにした。それに、恋人と揃いの茶器の片割れを捨てることは些か憚られた。
調べる方法を色々と調べて、近くの工房に金継ぎを依頼した。それなりに値段はしたが、仕上がったものを見れば懐が空くのも惜しくはなかった。
破片の縁は金色の線で縁取られ、元のそれには無かった美しさを醸し出していた。とはいえ落としたのは自分なので、恋人には綺麗な方を使わせ続けたが。
そんな日が、ふと過った。病院のベッドの上、等間隔に響く電子音が自分の鼓動と重なる。静かに聞こえる幽かな呼吸音とその電子音だけが、恋人の生を感じる唯一の手段だった。
腰の辺りから下の布団は、ぺたんとしていて厚みがない。つまりは、そこに本来あるべきものが無い。俺の恋人は、事故で足を失った。
突然のことだった。手を繋いで、寒空の下を2人で歩いていた。そして、その手に振り回され、直後車が突っ込んできた。
俺は背中をぶつけただけの軽傷だったが、アイツは違う。下半身が轢かれてぐちゃぐちゃだった。骨の砕ける音と、空回りするタイヤに人の肉が焼かれる嫌な匂いが今もこびり付いて離れない。
「お前の脚も金継ぎできれば綺麗だったのかな。」
きっと、あの白くて長い脚に金色の線はよく映える。
白磁の陶器に細く繋がった線をぼんやり見つめながら、2脚のティーカップに紅茶を注ぐ。真っ白で無垢な片方には砂糖をたっぷり入れて、俺はストレートで。
金継ぎされた方がすっかり軽くなっても、片割れは温度を失うばかりで減りやしない。
冷え切った紅茶は渋味を増しているのに、それに尚打ち勝つほどの甘みと、それから塩味。冷たくて甘ったるい紅茶を口に流し込んで、下らない幻想ごと一滴残らず飲み下した。

テーマ:ティーカップ

11/12/2025, 7:23:28 AM