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「アイツの事が好き?…そんなわけないだろ」
フン、と鼻で笑った貴方にそっか、と返しながらも俯いた表情はこれでもかという程に微笑んでいる。私が見ているのを知っているのか否か。表情を見た時に目が合ったから恐らくは前者だろうとは思うけれど。どちらにせよ間が悪いなぁ、と思う。
彼──イザナくんの前にいる彼女は鈴鹿唯(スズカ ユイ)という名前の女の子。一ヶ月ほど前からイザナくんと一緒にいるところをよく見かける。好きなんだろうな、とと思う、単純に。目は口ほどに物を言う、とはまた違うけれど、彼に対する態度があからさまなのだ。鈍い鈍いとよく言われる私ですら、彼のことを好いているであろうことは容易に想像できる。
うーん、どうしよう。
そこまで考えて、頭を抱えた。このまま見ないふりをしてもいいけれど、後々のことを考えるとそれは避けた方がいい気もする。かと言って、世間一般の人が言うようなこの"イイ雰囲気"をぶち壊して話しかけるのは少し気が引けるしなぁ…。
うんうんと唸りながらどうしたものかと思考を巡らせていると、件の彼女が彼の名を呼ぶ声がした。少し驚きの意が込められていたような気が。予想外のことはしない方がいいと思うよ。
イザナくん。
「さっきから何してんだ、テメェ」
ぱちくり。ぱちぱち。
瞬きを何度か繰り返し、彼の言葉を反芻する。さっきから何してんだ。…さっきから、何してんだ。なんだ、バレていたのか。それならそうと、場所を移してくれても良くないかと思った私はきっと悪くない。だって気まずいことこの上ないじゃないか。まぁ彼は王様だから、別に構わないとも思うのだが。
「そ、そーですよね!気になりますよね。
…もうっ、瑠李さん!察してくださいよぉ」
イザナくんが気づいていた事が予想外だったのか、一瞬驚いた顔をしていた彼女。しかし次に口を開く時にはコロッと表情を一転させていた。今の彼女はまさに恋する乙女である。意地悪な姑的要素は微塵も感じられない。女の子とは、やはり恋をして生きる生き物なのだと強く実感する。
「あはは、そうだよね、ごめんね。見られてると緊張するよね」
気が利かなくてごめん。後はごゆっくり。
そう言ってその場を後にしようとすれば掴まれる腕。犯人は凡そ検討がついている。私に嫉妬させようとして、向けられる好意に気が付かないフリをして。彼女がいるにも関わらずアピールをやめさせないでいた人。馬鹿なことをしておきながら自分が我慢の限界を迎えた時には私を引き止めるだなんて。
「自分勝手が過ぎますよ、イザナくん」
そうしてイザナくんはこの後、渋々私に嫉妬させようとしたことを認めて謝ってくれた。もちろん唯ちゃんをきちんと振ることも忘れずに。
その最中、どうして疑いもしなかったのかと問われたが濁しておいた。だって、言ったら貴方拗ねてしまうでしょう?
「私に向けられた貴方の嫌いは、飛びっきりの愛の証だって。特別なものだって。私は知っているから」
だから貴方を疑う必要はなかったんだよ。…なんてね。
『好き、嫌い? 迷わず"好き"一択』
6/20/2025, 2:58:17 PM