私、永遠の後輩こと高葉井が住む東京も、秋の終わりが目の前に、ハッキリ見えてきた。
東京は、イチョウ並木が見頃の真っ盛りだ。
みんなスマホを手に持って、あっちで動画撮影して、こっちで自撮りして、そっちは知らない。
都心の並木もキレイだけど、奥多摩の大イチョウも迫力があって、撮りに行ってる人がいるらしい。
大イチョウ。
大イチョウと聞くと、思い出す光景がある。
今年の夏、とある雪国、まだ青々とした葉っぱばかりの、見たことないくらい大きいイチョウの木。
地元では「イタズラギツネの大イチョウ」っていう名前で親しまれているらしいそこ。
理由あって、そこに行った。
推しが運転するバイクに乗った。
推しに「しっかり掴まって」って言われた。
だから、推しに、ドチャクソしっかり掴まった。
そしたら推しはバイクの速度を上げて、バイクで跳んで、それで、それで……
……それで、要するに夢の時間だった。
推しの背中にくっついて、推しのおなかに腕を回して、推しのバイクに乗る時間だった。
あの夢をもう一度、
あの、夢の断片だけでも、もう一度、
いや断片の断片の、そのまた断片でも良いからm
「高葉井。高葉井」
「……」
「聞いているか高葉井、高葉井」
「……」
「高葉井日向、こーうーはーい!」
「はいツー様! じゃないや。先輩だ」
「悪かったなお前の好きなツーサマじゃなくて」
トン、とん。
夏のイチョウの夢の断片を脳内リピートしていた私を、先輩がテーブルを指で叩いて起こした。
私が勤務してる私立図書館は、三連休なんて関係無い、それどころか三連休のせいで、本来なら休館日の月曜日も仕事に出なきゃいけない(なお代わりに火曜日が休館日になる)。
「ということで、アンタたち」
図書館職員室で話し合いをしてた副館長が、私と先輩と、それから私の後輩のアーちゃんを見て、
「アンタたちに、ウチの親組織、管理局への2泊3日出張を命じるわよー」
それで、推しが勤務してる職場への出張を、
さも当然みたいにサラっと言った。
「えっ、え、ごめんなさい副館長、
親組織への出張って何のハナシでしたっけ」
「そのまんまよ、そのまんま。管理局でボーナス予算をかけたバトロワ大会をすることになったの。
アンタたち、図書館代表で行って、バトロワ優勝して、予算もぎ取ってらっしゃい」
「へ?」
「詳しくは前回投稿分を確認なさい」
「ぜ? え?」
「ほら、分かったらアンタの、夢の断片でも何でも、叶えてらっしゃい」
「ぇえ……??」
「無理ですよ、勝てっこないですよ」
完全に絶望してるアーちゃんが嘆いた。
「法務部の実動班とか、完全にバケモノです。
私達なんて、3位にも5位にも入れないです」
辞退します。 させてください。
アーちゃんはどこからともなく辞表の白封筒を取り出して、机の上に置いた。
それから私の方を見て、めっちゃ懇願してる目で、唇を固く、キュッとした。
同調してほしいんだと思う。
分からないでもない(だって勝てない)
「悪いけど、拒否権無いわよ」
多古副館長が言った。
「出発日時も決まってるから、カンネンなさい」
はい、アンタたち用のチケット。
多古副館長はシャシャシャっと、私達の目の前に、
多分「ウチの親組織」行きと思われるチケットを寄越して、それでフフンと満足そう。
「先輩、」
ねぇ、先輩、どうしよう。
絶望顔のアーちゃんから視線を外して先輩の方を見ると、先輩は先輩で真剣な顔をしてる。
「高葉井」
先輩も、こっちを見た。
こっちを見た先輩は私に何かを言おうとして、やっぱりやめて、でも何か言いたそうで、
アーちゃんとは違う深刻さで、目を逸らした。
そんな先輩と私と、それからアーちゃんを見る副館長は、ただただ私に、「良かったじゃない」と。
「アンタの推しと夢の断片の続きができるのよ」と、言うだけだった。
11/22/2025, 9:55:17 AM