かたいなか

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「たくさんの、『想い出』、だもんなぁ……」
思じゃなく想だとさ。双方の違いって何だったかね。
某所在住物書きはネット検索で漢字の意味を調べながら、某せきどめ飴の丸缶ケースをチラリ。
「以前このアプリで出てきたお題は、7月はじめ頃の、『友だちの思い出』だったっけ」
それは昔々、物書きの厨二病真っ只中、未成年時代、
医療従事者の二次創作仲間から勧められた良薬。
『喉の不調には、これがよろしい』
既に連絡交流も叶わぬ思い出の残滓である。

「思考全般が『思』、特に心から、比較的強い感情とともに、ってのが『想』、さして大差無い……?」
やべぇ。もう分からん。物書きはカラカラ、缶ケースを手に取り軽く振って、元の場所へ戻した。

――――――

ガチャのすり抜け、イベント周回の虚無、等々。
多くの想い出を内包するソーシャルゲームのサービス終了に際して、しかしフレンドとのトラブルゆえに、どうにもアカウント復帰がかなわぬ。
以下はそんな物書きの、「たくさんの想い出」を主題とした、苦し紛れの現代軸日常ネタ風。

最近最近の都内某所。某アパートの一室の、部屋の主を藤森というが、
理由あって、一度実家たる雪国へ送ったダンボール一箱を、そのまま東京へ送り返してもらい、
中に詰めていた小道具とインテリアの数点を、再度置き直し、飾り直している。
予定では、先月いっぱいで東京での職を辞し、部屋を引き払って、田舎へ帰るつもりでいた藤森。
職場の後輩の提案により、退職予定が今月に延期となり、その間に「退職理由」となっていた藤森自身の「問題」が一応片付いてしまって、
ゆえに、退職と帰郷の理由が消え去ったのだ。

中古屋行きを免除された藤森の貴重品だけが、弾丸里帰りして帰ってきた格好。
「問題」解決のきっかけを与えてくれた後輩に、感謝すべきか、何なのやら。

そうだ。後輩。
「こいつは、どうするかな……」
チリリ。小箱を開けて取り出したのは、白と青と紫の花が描かれた風鈴。
夏の頃、8月5日に後輩から贈られた物である。
小箱の下には緩衝材も兼ねた白い甚平。これも後輩からの贈呈品であった。
藤森の実家から送られてきたマルベリージャムだの、タケノコだのの礼として。6月22日付近に。
「せっかくだ。もうだいぶ寒いが、部屋の中なら別に、飾っておいても」

職場の後輩とは随分、長い付き合いになった。
藤森はため息を吐き、風鈴を掲げ、見上げた。
教育係として最初に仕事を教えたのが数年前。
今年は3月にオツボネ係長からパワハラを受け、泣きじゃくっていたところに寄り添った。
5月は疲労を疲労と申告せぬ藤森を、後輩がロックしてマッサージして、防音防振の整った室内に悲鳴が響き渡った。
7月に8年前の初恋相手とバッタリ会い、8月「ヨリを戻せ」と職場に押し掛けられ、
9月は藤森の現住所特定のために後輩に探偵をけしかけられた。
4ヶ月前に蒸し返された恋愛の問題が、今月、後輩の提案を起点として、やっと解決したのだ。

随分、たくさんの想い出が、この1年の間で。
「でもさすがに甚平は、今年はもう着ないな」
完全季節外の白を丁寧にたたみ直し、タンスにしまうと、藤森は己の仕事机のそばに風鈴を飾り、
チリン、チリン。優しく指で小突いて、ぎこちなくも幸福に笑った。

11/19/2023, 5:03:33 AM