人魚の心
「……お前、何のつもり?何でここにいる」
とある日のこと。魔女様のお使いを終えた僕が帰ると、魔女様が誰かに対して警戒する声がした。
入り口からこっそり覗くと、怒りの表情を露わにする魔女様。相対するその人物は男のようで、魔女様と同じ水色の髪を持ったその人はけらけらと笑っていた。
魔女様って、双子だったの?
「やだなぁ、お姉さま〜。可愛い弟が会いに来たっていうのに、その反応は酷くね?」
「私も出来れば弟にこんな態度はとりたくない。だから早く答えろ。何でここにいる?」
「もー、せっかちだなぁ♪何でって、お姉さまに会いに来ただけだよ〜」
「………」
渋い顔をする魔女様。男は楽しそうに笑って、魔女様の背後に回る。その顔は魔女様と瓜二つで、僕は驚いていた。
「んー……?なーんか、妙な気配がするね?しばらく見ないうちに誰かここに招いたりした?」
「……アルバート」
「だよねぇ♪アルリアお姉さまに限って、誰かを招いたり、ましてや契約を交わすなんてことしないもんな?」
「……要件はそれだけか?」
「いーや?それだけじゃないね」
ふと、アルバートといった青い瞳がこちらを見た。僕は身を引くが遅かった。
「ねーえ?そこにいるんだろ?出て来いよ〜」
わざとらしい声で呼びかけられた。あいつは既に僕の存在に気付いていたらしい。僕が物陰から姿を見せると、魔女様は落ち着いた様子で「そう……帰っていたのね」と返す。
「魔女様。その人は?」
「私の双子の弟、アルバートだよ」
「どーも♪へぇ?お前、人魚?すごいねぇ」
「………」
値踏みをするかのように、アルバートの視線が僕に注がれる。それを防ぐように魔女様の手がアルバートの両目を覆った。
「私の愛しい子をジロジロと見るな。アルバート」
「え〜?だって、こんなにも綺麗な人魚は見たことないし、お姉さまがここまで可愛がるの珍しいって感じ?」
「……はぁ」
呆れたように息を吐く魔女様。アルバートはまるで子供のように無邪気に笑いながら、魔女様の手を退けて、僕のことを見る。
「ほーんと、見れば見るほど綺麗だなぁ。なぁ、お前。外の世界に興味は無い?」
「外の世界?」
「そ。お姉さまは出不精だから、あまりここから出ようとはしねえけど、俺はそうじゃないよ?此処ではない何処かへ連れて行ってあげてもいいし。お前が望むなら、何でもお願いを叶えてあげる♪」
誘うような艶かしい視線を向けられ、僕は思わず後ずさりする。しかし、後ずさるとアルバートは僕の方へ寄ってきて、僕の両手を両手で包み込んできた。
「だからさぁ?ね?」
にこりと微笑まれる。僕がその手を振り解こうとする前に、アルバートの背後にいた魔女様がアルバートの首筋に短剣をあてていた。
その目は静かに怒っていた。
「少し勝手がすぎるな?アル。お前がどう言おうが、私はこの子を手放す気は無い」
「わー、お姉さまってば怖すぎ♪本気で奪うと思った?」
「……アル」
「はいはーい」
パッと僕の手を離すアルバート。魔女様は短剣をしまって僕の隣に来ると、ぎゅっと僕の右手を掴んだ。
「この子は私と契約を交わした。私の眷属だ。例え、双子の弟のお前でも奪われるつもりは毛頭無い」
「きゃー♡お姉さまったら、情熱的♪でもそうだよねぇ、大事なものは取られたくねえよな?それに、人魚の契約は人魚側は命懸けって聞くからねぇ。まぁ、奪ったりはしねえけど、偶にならここに来てもいい?綺麗な人魚ちゃんとお話ししてみたいなぁ?」
「……アル」
魔女様から地を這うような低い声が出る。魔女様が怒る手前だ。アルバートは変わらずにこにこしながら「じゃあ、また来るねぇ〜」と言って、去って行った。
「……何だったんだ?」
僕がそう呟くと、魔女様は僕に抱きついてきた。ぎゅっと強く抱きしめられて、魔女様の顔は僕の胸に埋めた状態。
「魔女様」
「……良かった。君を奪われずに済んだ。契約があっても、君を失うのが怖かった」
その肩は少し震えていた。実の弟に対してあれだけの殺気を出していたというのに、今は小さな子供のように僕にべったりとくっついて離れない。
不安で仕方がないんだと、すぐに分かった。
「僕は君の側から離れたりしないよ。契約もあるけれど、それ以前に僕の心が君に従いたいと本気で思っている。僕の心はあの時からずっと君のものだよ」
「ほんと?私から離れたりしない?」
「もちろん。それに、此処じゃない何処かへ行くとしたら隣には絶対に魔女様がいないと僕が困る」
「……サルム」
「なぁに?僕の愛しい魔女様」
顔をあげた魔女様は今にも泣き出しそうだった。その額に口付けをして、僕は笑った。
「魔女様。僕の心は君のものだ。そして、今までもこれからも僕は君の眷属であり続ける。魔女様の隣にはいつも僕がいる。絶対にね」
6/27/2024, 12:50:32 PM