紙ふうせん

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「1年間だけ付き合おう」久保樹(いつき)に
そう言われた時、この人、何言ってんだろう、と私、間宮有希は思った。

ー告白にしては変な告白ねー
そうは思ったけれど、別に今は付き合ってる人もいない。
嫌いなタイプでもない。第一、1年間だけ、というのに興味をそそられ承諾した。

樹は、彼氏としてはとても良い彼氏だった。
明るいし話も合うし、よくふたりで映画に行ったり遊びに行った。
好きな映画のジャンルも一緒だった。

春に告白されてから、季節は変わり夏になった。友達も交えて海にも行った。
友達からは「有希!どうやってあんな素敵な人と出会えたの?」と、よく聞かれた。
「それは私が魅力的だからよ」と笑いながら言うと、みんなに彼氏が良すぎてあんたには勿体ないと言われた。

海は何度も行った。「有希と一緒に海に行かれて良かった」と樹は何度も微笑みながら言った。けれど「来年も行こう」とは決して言わなかった。
なんで1年間だけなのだろう。こんなに好きなのに……。でも私も明るく「うん!樹と海に行かれて楽しかったよ!」と言った。

秋は、ハイキングにがんばってお弁当を作って行ったり、黄金色の銀杏の葉をかけあったりして無邪気に遊んだ。
樹は、いつも優しかった。

やがてしんしんと雪が降り、町はクリスマス一色に染まった。
「クリスマスは夕飯を食べに行こうよ」と樹が言った。嬉しかった。
樹によく似合いそうなネイビーブルーのセーターも編んでプレゼントした。
樹はとても喜んでくれて、私にもリボンのかかった小さな箱をプレゼントしてくれた。

「開けていい?」と言ってからそぉっと開けてみると、銀色の雪の結晶がついた、とても綺麗なネックレスだった。
嬉しくて、「ありがとう、早速つけるね」とその場でつけた。襟がたっぷりしたタートルネックのモヘアのセーターにちょうど良く似合ってた。

「でも、どうして雪の結晶なの?」と笑いながら聞くと「だって、名前が有希だから」とやっぱり微笑みながら樹は言った。
「ありがとう、宝物にするね」と私はネックレスを触りながらとても心を込めて言った。

だって、たった一度だけのクリスマスプレゼントだもの。心の中でそう言っていた。
嬉しいのに、とても淋しかった。

雪が解けたら、春になったらお別れだもの。
そういう約束だって承知して付き合ったんじゃない。自分に言い聞かせる様に心の中で言う。

年が変わって新年になった。
着物を着て樹と初詣に行った。

夏、海に行ったメンバーでスキーにも行った。何度も。何度も。

樹とスケートにも行った。転ぶと笑いながら「大丈夫?」と言ってすぐにそばに来てくれた。手を握って起こしてもらった。

やがて雪が解けて、地面が顔を出し、花達が咲き出した。

春だ。春になってしまった。

いよいよ、次のデートが樹との最後のデートだった。
私は朝、昨夜泣いて目が赤くなってないか確かめて、そしてとても丁寧に髪をとかし、絶対、泣いたりしないで笑って別れよう、と思った。

だって、樹には私の笑顔を覚えておいて欲しいから。

樹は、先に待っていた。「お待たせ!」とっておきの笑顔で私は言った。
樹は優しく微笑んだ。その笑顔を見たら胸が詰まりそうになった。

でも、私はがんばって笑顔で「話があるんじゃない?」と言った。樹に、話しやすくする為に。
すると樹は微笑みながら「1年間、ありがとう。有希と過ごしたこの1年間はとても楽しかったよ」と言った。

やっぱり。本当に終わりなんだ。涙が出そうになったけれど、私は物凄くがんばって笑顔で「こちらこそ、ありがとう。樹と過ごしたこの1年間はとても、とても楽しかったよ」と言った。

すると樹は微笑みながら手を出して「さようならの握手」と言った。本当に泣きそう。でも、ぐっとこらえて笑顔で「うん、さようなら」と言って握手をした。

それから「じゃあね」と言って踵を返して元気よく、もと来た道を歩き出した。
声を出さずに、ぽろぽろ涙が止まらなかった。

翌日、少し泣き腫らした顔で歩いていると、「間宮さん」と言われた。
振り返らなくても、それが誰だがすぐわかった。

樹だった。そして私に「1年間だけ付き合おう」とまた1年前と同じことを言った。

私は混乱し、「え?どういう事?」と言うと不安そうな顔をした。こんな顔の樹は見たことがなかった。
「だって、駄目なのかなと思って」と言うので「ねえ、なんで1年間だけなの?」と言うと「だって、その方が毎日が大切で新鮮だと思ったから」私は泣き笑いになって「それ、毎年やるの?」と言うと「うん、僕はいいと思うんだけど」と言ったので私は一度だけ「バカ!!」と言ってやった。何が、間宮さんだ!

そしてため息をついてから笑顔で「1年間、よろしくお願いします。久保さん」と言った。


5/8/2023, 2:49:24 PM