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かなしみのみずうみ。うれしび、なぐさみ、あふれるいずみ。の、ちかくの塔に、ひとりのこがすんでいました。宵のおとずれには常ひごろ、つきに、ねがいました。せめてものよいことがもたらされんことをといのり、あめしずくにうたれながら、やわらかな木立ちにひそめながら、こえに応えてゆきました。いつくしみを忘れまいと、きしむ骨のいたみにたえて、はるめく陽気にみあうすがたをよそおい、むねはひえびえとしてゆきました。がんばれば、むくわれる、こらえたら、きっと。───そうこう経つうちに、みなはあわれみのまなざしを向けてくるようになり、居どころはとうに、さらわれていたのです。「おとうさん、おにいちゃん、かなめ、かなめ、ぇ。」かなめは、ひとりのこのまちびとで、そとにでられない塔のこのために、木の実やはなの蜜をとどけにきては、どれほどせかいがうつくしいのかを、めをかがやかせて語ってくれていました。あるひを境に、こなくなったかれのことばだけが、ただひとつの生きてゆくかて、でした。なみだはほとほとと、しだいにかわいては、滲んで。さいごの、かなめの声はひどく澄んでいて、おれずに、すすんで。との、ちいさくかぼそい音で、はつねのように、すっとみみへ入ってゆきました。いつまでたえしのんでゆけば、よいのだろう。さくらふぶきと、はなびらに、さらわれてしまいたい。だれか、つれさってほしい。かなわない願いをきゅっと、むすんで、塔の小窓から、こは唄う。『ゆかりある、いとしきあらしよしずまりたまへ。あらみたまのかえるは冥のその、ゆめにてみなみなを癒したもう。あかくれないに散るごとく、生くもはかなきうたかたの、ひかりのどけき向かい火を、われらのもとにおとずれますれば、かならずともしびに報いましょう。』かぜが、ふわりと舞った。くずれおちた膝もとに、ことりがとまって、鳴いてくれた。ぬくもりをひしと、だきしめて、こは未だ、うたう。かなめのような、かなめでない、かれでない、あらたな待ちびとを、ずっと。しらんでゆくひかりに淡く、なっても。どうか、しんじてすすむから、みつけて。そう、ややいびつに、ほほえんで。さきわいひとしく、訪れんことを、と。

4/9/2026, 9:54:24 AM