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#花束(遅刻)
 
 
 ナマケモノ具合には、自信がある。
 昼を過ぎても寝ていたいし、洗濯機のスイッチを入れるのすら億劫で、シンクは食器であふれかえっている。くたびれきった生活をしている。
 そのくせ、切り花を一輪、コップに挿したくらい
で、少し早起きしてふわふわモップで本棚のホコリ
取りをしてみたり、ポットで紅茶を淹れてみたり
してしまう。
 花束だと、もっとすごい。
 花瓶代わりに麦茶のグラスを引っぱり出し、いつもは椅子の背もたれに投げっぱなしのテーブルランナーをちゃんとテーブルに敷いて、パスタを茹でてみたりして、スモークサーモンとカマンベールチーズなんかを奮発して、小さいボトルのスパークリングワインを開けちゃったりする。ちょっと花を飾ったくらいで、ぐんとオシャレで文化的な人間になった気持ちがする。お手軽だと自分でも思う。

 スーパーでも、生花のコーナーをつい、見てしま
う。
 だいたい入り口すぐにあって、季節によって菖蒲の葉っぱやら南天やらが幅を利かせていたりする。
 うっかり御仏壇用のを選んでしまったことがある
から、一応、花の種類と商品名を確認する。白い菊
と薄紫色のトルコキキョウ。すごく可愛い組み合わ
せだと思ったが、「仏花」と書いてあったから、何となく遠慮してしまう。

 帰り道に花屋がオープンしてからは、もっぱら、そちらを覗くようになった。
 庶民的なベッドタウンに似合わない、ちょっと小洒落た雰囲気の店だった。店頭に並んでいるワンコインの花束も、スーパーのものとは比較にならないくらいセンスが良い。買った花束は、英字新聞がプリントされた茶色いクラフト紙で包んでくれる。
 毎回、花が長持ちするという薬液をお店の人が付けてくれた。楽しめるのはだいたい1週間前後だった。もっと早く枯れてしまうこともあった。驚異的生命力で悪名高いミントですら枯らしてしまう自分にしては、よくもっていると感心していた。

 ある日、勇気を出して、店の奥まで入ってみた。
 店頭の花束しか買ったことがなかったが、その日の目当ては、店奥のガラスケースだった。
 ちょうど、生け花サークルに所属していた頃だっ
た。技術もセンスもないくせに、ホームセンターで
自分専用の花鋏と剣山を購入して、悦に入っていた。花器の代用品も同じホームセンターで見つくろった。うどんのどんぶりだった。

 ガラスケースを覗いて、驚いた。
 色んな花が並んでいたが、どれも二百円から三百円。たった一本で、その値段なのだ。中央に置かれた真紅のバラには、四百円の値札がついていた。
 完全にリサーチ不足だった。
 しかし今さら、退くに退けない。適当にアリウムかなにかと葉物を購入して帰った。本当に驚いたの
はその後だった。
 ものすごく長持ちしたのだ。
 うどんどんぶりの中身は、ただの水道水だった。素人がざくざく挿し直して、フニョフニョになった茎が、かろうじて剣山に支えられていた。なのに、その生け花もどきは元気に咲きつづけた。半月から一か月ちかく保ったと思う。

 後日聞いた話だが、店頭で花束として売られているのは、終わりかけの花なのだとか。スーパーで言うと、賞味期限の近いものをまとめて置いてある特売品のワゴンのような。だから、あまり日持ちは
しない。
 一瞬、残念な気持ちになった。とはいえ、手頃な
価格で色んな花を楽しめることを思えば、win-winと言っていいのかもしれない。
 
 
 
 
 

2/10/2024, 10:41:16 AM