与太ガラス

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 いまにして思えば、あれは小さな勇気だったのかもしれない。

 何かのニュースで見たからか、体感として思っていたからか、そのどちらもだったかわからない。でもその頃、夏の日差しが体に悪いことを意識し始めていた。

 僕は友達と街に行くたびに、帽子屋さんの前を通っては、気になる帽子を探していた。僕がいいなと思ったのは、羽根飾りの付いたツバ付きの帽子。ハットって言った方がいいのかな、あ、そう、トイ・ストーリーのウッディが被ってる形の帽子だ。いま気づいた。ウエスタンガンマンの定番衣装と言ってもいい。

 でも僕は自分にそんな帽子が似合うとは思えなかった。僕は何度もこのお店の前で立ち止まっては、やはりそのまま通り過ぎるのだった。

 小さな勇気を絞り出したのは、どうしようもなく日本の夏が暑いからだ。帽子もせずに外を歩くなんて自殺行為だ。そう思ったからにすぎないと、僕は自分に言い聞かせている。暑さのせいにしてしまえば、あとで後悔してもいいと思った。もちろんそれは言い訳で、僕はその羽根付き帽に心を奪われていたんだ。

 そして僕は羽根付き帽子を買ったんだ。レシートを見ると「中折れハット」と書かれていた。調べてみると色々な呼び方があった。ウエスタンハットはちょっと形が違うらしい。

 僕を知っている友達は、待ち合わせにいきなり僕がこの帽子を被って現れると、たいてい驚く。「雰囲気変わったね」とか「そのオシャレ帽どうしたの?」とか言ってくる。僕はその度に居心地を悪くして、なんとなく「暑いから帽子買っただけだよ」なんて返していた。

 次第に、帽子を被って外に出るたびに、小さな勇気を試されるようになった。すれ違う人からはどんな目で見られてるだろう、また友達からからかわれるんじゃないか、やっぱり僕には似合わなかったんだ……。

「それはアンタが素直じゃないだけでしょ。卑屈すぎんのよ」

 久しぶりにサークルの同期と飲んだとき、ど直球のアイリの言葉が飛んできた。乾杯して早々に帽子をイジられたから、僕は「似合ってないよな、コレ」と返したのだ。

「アタシは別にイジってないし、久しぶりに会った男子がオシャレしてたら褒めるでしょ。そこでアンタがシャットアウトしたら会話なんて生まれないのよ?」

 僕はその言葉に黙ってしまったが、周りはゲラゲラと笑い出した。

「なんだよソウタ! そんな風に思ってたのか?」「オレもその帽子見て驚いたけどさ、ソウタもセンスあるじゃんって思ったんだぜ」「似合ってるよ。いやむしろ一目置いたよ」

 みんなが一斉に僕の事を語り始めた。僕がひねくれていただけで、僕がこの帽子を買った事は間違いじゃなかったんだ。

「ほら自信持ちなさいよ。アンタが選んだ帽子に失礼でしょ」

 それから僕は、毎朝羽根付き帽子を被り、小さな勇気をもらっている。

 誰から命じられることもなく、自分から行動することには、絶えず小さな勇気が伴うということに。自ら選び取った未来ならば、それは勇気を出した結果なのだと思っていいんだ。

 だから私は今日もまた、誰に命じられることもなく、己に課したルールとして、こうして物語を綴っている。

※この物語はフィクションです。

1/28/2025, 1:20:32 AM