【病室】
「えーんえーん」と赤ちゃんの泣く声が
病院の廊下に響いた。
あたしはヒタヒタと廊下を歩いて
赤ちゃんの泣き声のもとへと向かった。
小さなベッドを覗き込むと
産まれたての赤ちゃんが横たわっていた。
あたしはその赤ちゃんを優しく抱きかかえた。
「大丈夫だよ ママはここだよ」
あたしは赤ちゃんを頬に寄せ
泣き止むようにあやした。
「えーんえーん」と泣き続ける赤ちゃんをかかえたまま
あたしは自分の病室へ向かった。
「何をしているのです?」
看護師さんがあたしに話しかけた。
「ああ、看護師さん
あたしの赤ちゃんが泣いていたので
あやしに来たのです。」
「あなたの赤ちゃん…?」
「ええ とても可愛いくて愛らしくて
泣き止まないからつい病室から出ちゃいました。」
あたしはにっこりと笑った。
「愛斗さん…また『ままごと』をしているのですか?
その赤ちゃんは 『あなたの子』ではありません。
それにあなたは…
『男性』でしょ。」
「え…?」
オレの幸せな幻想が崩れ落ちた。
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202×年 8月
オレは赤ちゃんを身ごもったと思っていた。
念願の赤ちゃん…
オレと好きな人の子供だと…
オレは『母親』になりたかった。
あたたかい『家庭 』がほしかった。
好きな人と結ばれる気がした。
それよりも『大人の女性』への憧れが強くなっていた。
動きもしない人形を『わが子』として思い込んでいた。
「ねえ 見た?今、この子が笑ったの」
「そんな抱え方しないで!優しく抱っこしてあげてよ」
「今やっと眠ったところなの 静かにして」等…
オレは『母親』になりきっていた。
前は犬の人形に『半蔵』という名前を付け、
『はーくん』と呼んでいた。
大人しくていい子で優しい子だったのを覚えている。
現在、オレに人生のパートナーができ、
2人で猫の人形を『わが子』と思って
扱い過ごしている。
いつか本当の『わが子』を迎えるまで
オレ達の『ままごと』は続く…。
8/2/2023, 4:17:45 PM