夏の早朝はすでに明るく、外の気温も汗ばむ程度には高いだろう。
窓を閉め切っていても主張する、けたたましい蝉の鳴き声がじっとりと肌にまとわりついた。
エアコンで室内温度は快適に保たれているはずなのに、徹夜を重ねたせいもあり、不快指数は上がっていく。
集中力も切れ、ちょうどパソコンの電源を落としたところで、活動時刻を迎えた彼女とバッティングした。
「もしかして、ずっと起きてたの?」
ぼんやりとした足取りで、ペタペタとのんびりキッチンに向かう彼女からはきっとマイナスイオンが飛んでいる。
寝起きの彼女からしか得られない癒しは、まさに心のオアシスだ。
眠気が一気にぶっ飛んだため、彼女の質問には答えずにキッチンまで追いかける。
「メシは俺がやりますから。あなたは準備してきてください」
「いやいや。私にかまってないでさっさと寝なよ」
柔らかくて細い彼女の髪の毛は寝癖がつきやすい。
盛大に重力に逆らい、見て見て、とかわいらしく訴える彼女の少し長くなった前髪にそっと触れた。
「なかなか派手に反抗期を迎えた前髪がいますけど、直さなくて大丈夫ですか?」
「ん?」
はねた毛先を、ツンツンと指で突いて遊ばせる。
されるがままになっていた彼女の思考が次第にクリアになり、あわてた様子で俺の手を払いのけた。
「やだっ! ウソっ! ダメっ! 見ないで!」
「なら早く洗面台に行ってください。あと2秒で撮りますよ」
寝巻きのポケットから携帯電話を取り出す仕草をすれば、光の速さでリビングを出ていった。
「お、お味噌汁あっためるだけでいいから!」
バタバタと音を立てながらそんな言葉を残していく。
作り置いていた味噌汁の入った鍋を冷蔵庫から取り出した。
髪を宥めるのにずいぶん悪戦苦闘したらしく、洗面台からなかなか彼女が戻ってこない。
卵を焼いて大根を少しだけおろして、たくあんも添えたところで、ようやく彼女が戻ってきた。
テーブルに並んだ朝食を見て、何度もお礼と謝罪を繰り返すから心がくすぐったくなった。
朝食をしっかり取ったあと、トレーニングウェアに身を包めば彼女のスイッチは完全に切り替わる。
玄関の段差で腰を下ろし、使い古したスニーカーを片足ずつ丁寧に履いた。
靴紐の緩さや履き心地を念入りに確認した彼女は、スッと立ち上がって振り返る。
「いってきます」
俺が大嫌いなその言葉を、彼女は軽快に弾ませた。
彼女の笑顔がキラキラと弾けてほとばしる。
目が眩むほどのきらめきに思わず目を細めた。
見惚れる隙も与えてくれやしない。
我にかえったときには彼女は玄関のドアを開けていた。
小さくて軽やかなポニーテールの毛先を、青い風が撫でていく。
「気をつけて」
俺の言葉は風に乗って届いたか。
曖昧なまま、玄関のドアは閉められた。
『青い風』
7/4/2025, 1:17:35 PM