よらもあ

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黄道十二宮のうち12番目、双魚宮の主人は人魚と魚、またはツバメである。

魚は、揺れる星の海をその水中で眺めていた。
その巨体を包んであまりある包容力を持つ星の海は、あまりの広さと深さに海と言われているが、実際は女神の落ちた湖を模しているものである。双魚宮には大きく流れる河が2つに、その端々に水が流れ着く湖が点在している。それ以外の箇所は陸地になっており、その陸地には処女宮から貰った桜の木が植えてある箇所もあった。
流石は豊穣の女神の性質も混同されているおとめ座から譲られたものであるからか、嫋やかな色合いの花は盛大に咲き誇ってその存在感を見せつけている。
それを水中から魚は眺めていた。星の瞬きの中で輝く光がゆらゆらと揺れてなんとも幻想的ではあるが、水上に存在するその桜の木は遠く高く離れたところにある。
魚と紐で結ばれている半身が魚の少女は、魚の巨体にその白くか細い身体を預けて同じく水中から桜を眺めていた。うっとりと頬を桜の色に染めて水面を見上げる少女の姿は、その美しさに魅入られているのがありありと分かった。
魚はゆっくりとその巨体を動かすと少しずつ少女から離れていく。最初は突然に動いたその巨体に驚いたように瞬きした少女は、自分から離れていく巨体に対して物哀しげに手を伸ばしてその鱗を指先で撫でる。その指先のくすぐったさに僅かに身を捩りながら魚は少女から離れて水面へと近づいていく。魚の巨体と少女の鰭とで繋がっている紐が上へ上へと伸びていった。
そのまま勢いよく水面に飛び出した魚は、その上半身をツバメの姿に変えると羽根を広げて宙を舞う。
巨体だった魚の身体が小さなツバメのそれに変わっても、その身体には紐が結ばれており水中の少女としっかりと繋がっていた。
小さな羽根を最小限の動きで風に乗ると、桜の枝にツバメの身体を滑り込ませて桜の花を一つ小さな嘴に咥え込んだ。そのまま身を翻して、流れるように水面に飛び込んだ。
勢いよく飛び込んだ水中はある程度の深さまでは進んだが、ツバメの上半身が水を弾いて浮こうとする。下半身の魚の尾鰭を動かそうとしたところで、少女の両手がツバメの身体を優しく包み込んだ。魚の巨体とは違い、可憐な少女の両手で覆うほどしかないツバメの身体が安心したように力を抜いて少女に身を預けた。
そのツバメに頬を寄せて、水面近くまで追ってきていた少女はまた水中の奥へと沈んでいく。ぷつぷつとツバメの嘴から小さな泡が漏れて水面へと上がっていく。
ある程度まで沈んだ少女が両手を広げると、ツバメの小さな身体が再び魚の巨体に戻った。巨体をゆったりと動かして少女の周りを一周した後に、その目の前で口を大きく開けた。
大きな空洞の中に、桜の花が一つ、瞬いていた。
しかしそれも魚が口を開けた瞬間に入り込んだ水に流れて花びらが歪んで、ほんの少しの力でくっついていたのだろう水中でバラバラに崩れて散った。
小さなツバメの身体では桜の花をただ一つしか持っては来れなかった。しかも少女の手に触れる前に桜は散ってしまった。
あんぐりと口を開けたままであった魚だったが、視線はぷかぷかと水中に浮かんで流れていこうとする花びらを追っていた。目の前の少女の表情を伺えなかったのだ。
だから、死角から少女に飛びつかれて魚はそのバランスを崩した。尾鰭を盛大に揺らして、口元から幾つもの泡を出しながら少女は魚の巨体を両手いっぱいに広げて礼を伝える。
少女の動きが水中の中で大きく動いて、長い髪がゆらゆらと揺れる。魚にはきらきらと瞬く光の中で、水面の桜色が映り込んで少女の髪も桜色に染まって見えた。





“桜散る”

4/18/2024, 8:53:51 AM