草臥れた偏屈屋

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陽光が中庭を真上から照らし出すときに訪れば、必ず白頭に並べて黒頭を見つけられるだろう。大理石の長椅子に居並ぶ二人を余所に小鳥は囀り、風は朗らかに息吹いてる。
「君は、この世界をどう思うかね?」
「それは一体具体的にどういう意味でしょうか?」
嗄れた声に続き柔かな声の響きが収束に向かい、辺りが静まって行くことに妙な不安を覚えた若人は眉を顰めた。
「未知なる領域をここから想像するのは難しいです。様々な書物を読み進め予想するのは可能ですが、その書物は私のものではないです。やはり、自分の目で確かめ、考え抜いて書き記したい。時の流れと人の変化もありますしね。つまり、私にとってこの世界は未完の本です。」
そう言い切ると、老人の顔を覗き込んで回答の評価を待っているようだ。
「君は、冒険家であり収集家だね。それは素晴らしいことだ。君の本も時代の中で生きるのだろうね。」
その言葉に若人ははにかんだ。
「先生はこの世界をいかが思われますか?」
老人は胸まで伸びた髭を触り、ゆっくりと若人を見つめ乾いた口を動かす。
「紙は草臥れ、文字は霞んだ。しかし、その分厚さが重たくてしょうがない。幾つかの頁は破れられている。」
「へ?」
素っ頓狂な声を出した若人に老人はにたついている。
「先生、最近の賢い人の特徴は相手に分かりやすく伝えることだって聞きましたよ。」
「ただの老い耄れには懇切丁寧に話す時間なんぞ無いのだよ。考える癖ぐらい相手に付けて貰いたいね。」
老人はわざとらしくそっぽを向き、若人は苦笑する。
「分かりました。この読解は明日までにしておきますね。」
若人が立ち上がり、老人の前で手を差し出した。
「さあ、先生の授業を私を含め弟子たちが待っていますよ。」
しかし、老人は一向に手を取らない。それどころか、授業も行わないと言う。困惑した若人は理由を尋ねたが、老人はただ課題を与えた。課題を託された若人は、同志たちにも伝え広めた。しかし、その課題には質問すら綴られていなかった。
「己を律し、新ためるのだ。それが時であり変化だ。」
この二文について弟子たちは討論し続けた。しかし、課題だけ置いて老人はこの世界から去ってしまった。いや、老人にとってはこの世界が終わったのだろう。

『あの日から二十年経った。私にとってこの世界はまだ終わっていない。本来ペンを握るはずの手は、時折涙を拭うために拳を握るために使われていることもある。どうやら私の本もだいぶ分厚くなるようだ。』
そう綴っていると、あの若人だった者は自分が先生ならではの婉曲な表現が板についてきたと、にたついているのであった。

「この世界は」

1/16/2024, 2:30:38 AM