わをん

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『君と最後に会った日』

「こんにちは、はじめまして」
握手を求めてくる男の顔に見覚えはある。姿形も声も笑顔もよく見知った人物そのままだ。どうやら相手の記憶だけが初期化されているらしい。
「……よろしく」
宙ぶらりんになっていた右手にわずかに躊躇の混じった右手を差し出すと、握手に不自然な間が開いたことにこちらを窺うような気配を漂わせていた彼は晴れやかな笑顔になった。
「いやぁ、ごめんなさい。僕なにかやらかしたのかと思ってビビっちゃいました」
口調も人懐っこさもそのままなのかと戸惑いと諦めを抱く。
「いや、こちらの問題だ。すまない」
記憶が遡り、病床で窓辺を見ていた君との会話を思いだす。
「君をひとりで置いてくの心配だからさ、先生に置き土産を頼んだよ」
「土産なんてどうでもいい。どうにか生きられないのか」
「いろいろ手を尽くしてきた上での土産なんだよ。おとなしく受け取って。そんで、仲良くしてあげてね」
あれが“君”と最後に会った日となった。君の言っていた土産はまごう無く目の前の彼だろう。以前の君と同じように付き合いを続けていけば、以前と同じように親密になれるのかもしれない。けれど。
「……あのう、僕のことけっこう見てきますね?」
「……君は知り合いによく似ていてな。君を見ていると彼のことを思い出してしまう」
「そうですか。……大事な人だったんですか?」
「……ああ、とても」
気を遣われてか、そこで会話は途切れた。仲良くしてあげてね、と最後の会話が脳裏を掠めたが、胸のうちには君と過ごした日々がいくつも思い出されていた。

6/27/2024, 4:24:50 AM