真夜中に携帯が鳴った。
だれ? 知らない番号。恐る恐るタップして「・・・・・・はい?」と出た私の耳に、「あ、姫子。俺俺、天野」と明るい声が飛び込んでくる。
天野くん? 天野星彦くん。え、え? なんで?
「どうして私の番号知ってるの?」
「んー。まあそこはいいじゃん。今何してたの」
ちっともよくない。んも~。誰から聞き出したんだろう。私は机に肘をついて「勉強」とぶっきらぼうに答えた。
「まじめ。えらいなー姫子は」
ちく。天野くんの声が心に棘を指す。昔から、生真面目と呼ばれてきた。そんなに頑張らなくても。てきとうに手を抜きなよと。
でも、性分だからどうしようもない。テスト前には勉強をするし、門限の時間までにはウチに帰る。
「からかってるの?」
「なんで? 褒めてんだよ」
夜だからか、天野くんの声がいっそうくっきり際立つ。
「……天野くんは、何してたの」
「切らないんだ。話してくれるの、このまま」
「……!それは、」
「散歩。眠れないとき、ふらっと街に出るんだ。夜」
じゃあ今も外から?と思って部屋のカーテンを開けた。今夜は晴れている。明るい月が出ているから、星はあまり見えない。知らず、天野くんの姿を窓下に探してしまう。
「あぶなくない? 夜に散歩なんて」
と私が言うと、「夜のほうが自由な感じがする。息をするのが楽だ」と天野くんが答える。
私は軽い足取りで、夏の渚を歩くように、甘く夜をさすらう天野くんを思い浮かべる。
「いいな、天野くんは」
思わず言葉がこぼれてしまった。広げていた科学のノートの上に、それは滑り落ちる。
「……なんで?」
「ん。するっと携帯番号手に入れて、掛けたいときに電話して、気が向いたときに散歩に出て……。断られたらどうしようとか、誰かに咎められたらとか、考えないで行動できるところが」
「姫子も連れ出してやろうか。夜の散歩に」
すっと言葉を差し込まれて私はどきっとした。
「え」
「眠れない夜に、電話しな。俺がつきあってやるから、怖くないし危なくないよ」
「……」
何だろう。今夜の天野くんの声はとっても優しい。学校だともっと尖っているというか、イケ散らかしているというか、強引な感じなのに。
「ねえ、本当は何で今夜私に電話してきたの」
勝手に口が動いて訊いていた。天野くんは押し黙った。濃厚な沈黙が闇に漂う。
ややあって、天野くんは言った。
「声、聴きたかったんだよ。姫子の……眠れないくらい、どうしてもいま聴きたいって思ったんだ」
月まで届きそうな澄んだ声で、彼は言った。私は身体の芯がぐらッと揺れるような感覚に襲われる。
ずるいよ、天野くん。そういうの急にぶっこんでくるの。
だめだよ……。
ーー織姫、そなたの声が聴きたい。姿は大河に阻まれたとしても、せめて、声だけでもーー
月光に隠された星の向こうから、誰かの声が、聴こえた気がした。
#眠れないほど
12/5/2024, 9:22:29 PM