腹がへった。
夜中の12時。食べるべきではない時間。
でも、もうどうにも我慢できない。
冷蔵庫を開けようとしてやめる。
料理まではしたくないし、かといってすぐ食べられるようなものもなかったはず。
炊飯器をあけると、ちょうど茶碗一杯ぶんくらいのごはんが残っていた。
それを見て、思い出した。
「お腹減ったの?こんな時間に?そっか、受験勉強中だもんね」
「うう…うん。でもいいよ、寝るし」
「大丈夫。サッとできるやつがあるから」
両親が事故で突然他界して、俺はその頃6歳離れた姉とふたりで暮らしていた。
「ごはん、ちょっと残ってるね」
そう言って、姉は小鍋にごはんをあけた。
ひたひたに水を注ぎ、粉末タイプの味噌汁のもとを入れる。弱火にかけると、まもなく味噌のいい香りがふんわりとしてきた。
ふつふつと音を立てて、ごはんが柔らかくなっていく。
台所の角に、こんこんと音を立てて卵を割ると、姉は箸でしゃかしゃかと小気味良く卵をといた。それを小鍋に回しかける。
火をとめて、蓋をして少し待つ。
「はい」
茶碗に盛られた即席おじやは、中央に梅干しがひとつ、ぽんと置かれていた。
「うまそう…」
「ふふん。包丁も使わないしね。夜だから、お腹に優しいほうがいいでしょ」
得意気に俺を見つめる姉に礼を言い、味わって食べた。
姉は結婚が決まっている彼氏がいたのだが、両親の事故を受け結婚をやめてしまった。
俺を一人にするわけにいかなかったのだろう。
俺は結婚してほしいと言ったが、姉は頑として聞き入れなかった。
あれから五年。受験にも無事成功し、大学も卒業した。なんとか就職も見つけることができ、一人で自活することができている。
姉もようやく安心したのか、結婚の決意を固めたようだった。
あのとき結婚を諦めた彼は、この五年間ずっと姉を支えてきたらしく、その間に彼は転勤があった。姉は近々、見知らぬ街へ引っ越すことになりそうだ。
小鍋にごはんと水をいれて火にかける。たしか卵もあったはずだ。粉末の味噌汁を入れると、まもなくあのときと同じ香りが台所に立ち込めた。
姉がもし旦那とケンカなんかしてうちに来たら、これを作ってやろう。
きっとすぐ仲直りする気になるはずだ。
だってこれは、自分を大切にしてくれる人を思い出す味だから。
1/28/2024, 3:12:45 PM