『終点』
財産目録の作成を手伝わされたことがある。
公証人を目指す友人から、親類のちょっとした財産管理の一環として任されたもので、公のものではないから手伝ってほしいと頼まれたのだ。
公正証書を作るわけでもなく、何かを認証するでもない、棚卸しや片付けの手伝いと似たようなものだと言われ、それならと頷いた。
訪れた家の離れに足を踏み入れた途端、私は呆気にとられて立ち竦んだ。
壁一面に掛けられた絵の数々。天井にも、床にも、所狭しとカンバスがあった。
そしてそのどれもが人の顔を描いているのだ。
陰気な男の顔、無邪気に笑う子供の顔、穏やかに微笑む老人の顔、物憂げに俯く女の顔……
呆然とする私に、友人が言った。
「この離れに住んでいたのは、無名だが一応画家だったらしい」
なるほど、ここにある絵の目録を作れということか。
それから数時間、友人と二人で黙々と作業した。
幸いにもカンバスの裏には日付が記入されていたから、年代ごとに記載することができた。
そうしているうちに気づいたことがある。
これは画家が出会った人々の顔なのだ。
どれも特段目を引く容姿でもなく、日常よく見かける、ふとした表情。
――ある意味、これは正しくその画家の財産だったのだろう。
私は自分の人生の終点で、どんなものを残すだろう。
そんなことを考えていたら、友人が小声でこう言った。
「おい、その画家まだ死んでねぇぞ」
それは失礼。
8/11/2024, 6:41:06 AM