Ichii

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君の奏でる音楽

扉越しに彼女が泣き言を零す声を聴きながら、密かに笑みを浮かべる。彼女の声をBGMに手早く調理を進めながら、気を抜いたら笑い声が漏れそうなのを我慢して、それでも堪えきれなかった愉悦が空気となるのを咳払いで誤魔化した。
傷付きやすくて甘えたな彼女は日頃から優しさを心がけて接するだけで簡単に信頼を寄せるようになり、相談を持ちかけるだけでなく嫌なことがあれば我が家に駆け込むようになった。本日も彼氏に振られてしまったらしい彼女は小動物みたいにか弱い声で鳴きながら、人の布団で布まんじゅうになっている。あらかた話を聞き出して、ずっと泣き続けてるのだからと小腹を満たせるものをと軽食の用意を始めたが、中々いい選択だったのかもしれない。いつもは他に思考を割いて存分に堪能できていなかったが、やっぱり声も可愛い。
加虐趣味なんてなかったはずなんだけどな。
恋は盲目とはいうけれど、泣いてる姿に可哀想よりも可愛いの気持ちが勝ってしまう自分の心情に、我がことながら呆れてしまう。君の声が心地よいとは思っていたけど、鳴き声にまで適応されてしまうなんてなぁ。そんなことを考えてたら、手元の料理もすっかり完成間近。うん、それなりに美味しそう。扉越しのしゃくり上げる声も次第に弱々しく鼻をすする音に変わってきた。ころっと他の女に靡く程度の男のためにこんなに泣いちゃうなんてね。可哀想に、ちゃんと慰めてあげないとね。

8/12/2023, 11:44:35 PM