"この道の先に"
朝日が昇りはじめ、空に淡い青色が差しだす。
商店街を通るルートを歩いていると、前方から見覚えのあるスーツ姿の青年が歩いてきた。
「みゃあん」
青年が誰か認識したのと同時に、ハナが人物に向かって声を上げる。
すると、その人物は片手を上げて更に近付いてきた。
「はよ」
人物──飛彩に倣って片手を上げて朝の挨拶をする。
「おはよう」
「みゃあ」
飛彩が挨拶を返すと、ハナが返事をした。
その声にしゃがんで「ハナもおはよう」とハナの頭を撫でた。ハナは気持ち良さそうに目を閉じて、大人しく撫でられる。
ハナから手を離し、立ち上がって俺に向き直る。そこで疑問をぶつける。
「今日入りが早い日だったか?」
「いや、予定通り遅めの出勤だ」
「じゃあなんでこんな早ぇ時間に」
「久方振りに貴方に会いたくて」
普段と変わらぬ声音で言う。
思わず、喉から声が詰まったような音が鳴った。
「散歩に同行させてもらえないか?」
そう言って右手を差し出してきた。恐らく日傘の事だろう。「自分で持つからいい」と返すと、「そうか」と言って俺の隣りに陣取った。
それを見て、足を動かし始める。俺と飛彩が歩き始めたのを見てハナも歩き始め、先を歩く。
「この道はよく散歩道にしているのか?」
隣りを歩く飛彩が問いかけてきた。
「いや、俺自身はよく通る道だが、ハナにとっては初めての道……のはずなんだが」
視線を落として、変わらず二人の前を歩くハナを見る。堂々と闊歩する姿に、歯切れが悪くなる。
「堂々としているな」
「だろ?いくらなんでも警戒心無さすぎ」
ハナの毅然とした姿に呆れの声を漏らす。
初めて通る道はどの生き物も少なからず警戒し慎重に進むのだが、いくら俺が傍にいて、ハーネスで繋がれているからって、好奇心旺盛にも程がある。
「大我の歩き姿を見て、『大我がよく通る道だから平気』と思っているんじゃないか?」
「はぁ?まさか……」
有り得ない、と続けようとしたが、止めて口を閉じる。
猫は、音や人の声、動き等に敏感な生き物。俺の歩き方を見て『ここは俺がよく通る道だから大丈夫』と感じ取ったと言われても不思議じゃない。
「まぁ、別にどうだっていい」
頭を軽く振って、考えるのを止めた。
「それもそうだな」
するとハナがこちらを振り向いて「みゃあ〜」と、まるで『なに〜?』とこちらに聞くように鳴いた。それに足を止める。
「なんでもねぇよー」
そう返すと、前を向いて再び歩き出した。
その様子にどちらからとも無く目を合わせ、小さく笑い声を漏らし、自分達も再び歩き出した。
7/3/2024, 11:52:47 AM