「トドメだ」
勇者は剣を振り上げた。眼の前に崩折れる魔王に向かって。
――これで終わりだ。コイツを倒せば、またこの世界に平和が訪れる。そして僕は英雄になり、この先も、未来永劫僕の名は語り継がれるんだ。
「……何故トドメを刺さん」
その声で勇者はハッとした。そうだ。僕は今からコイツを殺そうとしていた。なのにどうして身体が動かないのだろう。コイツを討てば全てが終わり、皆が喜ぶというのに。
――本当にそうなのか?魔王の命ひとつでこの世界は元通りになるのだろうか。そんな、簡単なエンドロールで良いのだろうか。
自分で自分に問いかけてみても、そんなことさっぱり分からない。けど、ここであっさりとこの魔王を倒すことを躊躇してる自分がいた。
「どうした。ここに来て躊躇うというのか。それとも、俺様に情けをかけるつもりか?」
「違う。でも、世界を平和に導く方法に、お前を殺す選択だけじゃない気がするだけだ」
「フン。全くもって意味が分からんな。俺様を生かしたままで世界を治めようとでもいうのか。そんな真似、他の連中が許すわけなかろう。混乱を招きたくないのならさっさと俺様を殺ることだな」
魔王はもう戦う意志がないらしく、無防備に勇者の前で寝そべっている。本当に、やるなら今だ。だが剣を握る手は鉛のように動かなかった。
――もう、嫌なんだ。これ以上はもう、重ねたくない。
自分の心がそう叫んでいた。魔王が可哀想でも許したわけでもない。はっきり言ってコイツは憎い。でも、それでも。もうこれ以上血を浴びるような行いをしたくないと心が叫んでいた。それに気付いてしまったと同時に、勇者は戦意喪失してしまう。
「僕は、」
勇者だ。勇者は悪を倒すのが宿命。けれどその前に僕は1人の人間だ。これ以上はもう、無駄な殺生をしたくはない。
カラン、と音がした。剣が手から滑り落ちたせいだ。武器を手放した勇者は魔王に一歩近づく。
「僕は戦いを放棄した」
「……何だと」
「でもこの世界を平和へ導く気持ちは変わらない。それを、お前の命が有っても無くても出来るということを証明する」
「ハッ。とんだ世迷言だな。そんなことできるわけがない」
「できるさ。願えば、どんなことでも叶うんだ」
「おめでたい頭の持ち主だ」
「何とでも言え。絶対に、証明してみせるさ。そして、お前は俺のおかげで命拾いしたことがいつか正解だったと思わせてやる」
願えばなんでも叶うと思うのは浅はかだと言う者もいるだろう。けれど僕は証明する。強い願いが希望になるのだと。この世界は、救えるのだと。今にも昇る朝日に向かって、勇者はそう誓った。
1/16/2024, 3:20:26 AM