「 まだ知らない君 」 ( 吹雪 目線 )
夜の帳が静かに降りる頃、私は我が君の姿を探していた。静寂と虫の音の音が鳴り響くばかりの屋敷の中で、貴方の姿だけが見当たらない。
“……また、抜け出されたのですか。”
ため息をつきつつも、足は自然と我が君がいそうな場所へ向かう。我が君がひとりになりたいとき、決まって行く場所は限られている。
私は我が君をよく知っているつもりだった。
だから、こうしてすぐに見つけられる。
けれど――それは本当に「知っている」と言えるのだろうか。
庭の片隅、ひっそりと佇む大きな木の根元に、我が君は座っていた。草の上に無造作に腰を下ろし、膝を抱えてぼんやりと月を見上げている。普段の我が君とは、まるで別人のようだった。
「吹雪?」
気配に気づいた我が君が、振り向いて私を見つめる。その瞳には、普段のような自信も、強さもない。ただ、静かに揺れる灯のように、頼りなげだった。
“…我が君。何を考えておられるのです”
「……なんでもないよ。ただ、ちょっと疲れただけ」
“お休みになられればよろしいものを、今夜は冷えますよ?”
そう言いながら、我が君の隣にそっと膝をつく。我が君の心が乱れている時は、無理に言葉を重ねるよりも、ただそばにいる方がいいと知っている。
けれど、こうしてじっとしていると、我が君の些細な変化が気になってしまう。
普段の我が君は、まるで風のようだ。自由で、どこまでも軽やかで、誰にも縛られない。それなのに、今の我が君はまるで……囚われた鳥のように、どこか遠くを見つめていた。
「吹雪はさ、私のこと、どう思う?」
不意に、我が君がそんなことを聞いてきた。
“……どう、とは”
「そのままの意味だよ。私は、吹雪にとってどんな存在だ?」
―― どうして、そんなことを聞くのですか。
胸の奥が、ひどくざわめいた。 ――
“……我が君は、私にとって唯一の主です”
「ふーん」
我が君は、納得したようなしないような、曖昧な顔をする。
“……何か、気にかかることでも?”
すると我が君は少しだけ口を尖らせ、視線を逸らした。
「なんかさ、吹雪って、私のこと全部知ってるみたいな顔しているだろう?」
“……私は我が君をお支えする身です。当然のことかと”
「…でも、私のことなんて全部分かるはずないよ」
言い切る我が君の声は、どこか拗ねたようにも、寂しげにも聞こえた。
“……それは、そうかもしれません”
“ですが――私は、知りたいと思っています”
「え?」
“我が君のことを、もっと”
私がそう言うと、我が君は驚いたように目を見開いた。私は我が君のすべてを知っているわけではない。我が君の過去も、胸の内も、本当の願いも。けれど、それを知りたいと思う___。
貴方の隣にいる者として。
……そして、それ以上の想いを抱いてしまった者として。
我が君は、しばらく私の顔をじっと見つめていた。そして、やがて小さく微笑む。
「そっか。……なんか、そう言ってもらえると、少しだけ安心するな」
月明かりの下、我が君の笑顔はどこまでも優しかった。けれど、その奥にある本当の気持ちを、私はまだ知らない。
だから――これから、少しずつでも。貴方の心の奥に触れていきたいと思った。
1/30/2025, 6:08:50 PM