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『沈む夕日を追いかけ続ければ、夜来ない説〜』
「止めて」
「は? 何すかトイレすか?」
「テレビ」
あっ、と運転席の男が短く叫ぶ。対向車が横切る風の音だけが車内を満たし、サービスエリアは視界の隅に遠ざかる。
「はあ……? 見てたのに」
「うるさい」
「ええ……機嫌わる」
げっそりした様子で音楽をかけ始める。
車窓越しの水平線に確かに見えた。

――夕日が昼を連れてくんだよ。
「だから夕日を追いかけたら夜は来ない!」
私の暮らす田舎の村には、丁度西の方角に立入禁止の神社があった。
蝉がクラクラしそうなほど鳴く8月の上旬のことだ。
「夕日だ!」
そう言った幼馴染を必死に追いかけていた。
いつも私よりずっと足の遅い彼が、獣のように神社の階段を登り、森の獣道をかき分けていく。上がりきったような息の拍と、高揚で鳴る心臓の動きはほぼ同じだった。
本殿らしきものが彼の肩越しに見える。よろよろと数歩、直後に本殿前の一面の彼岸花に倒れ込む。
「ヒロ、帰ろう? 疲れたよ……」
――彼の姿はどこにも無かった。

常人では有り得ない速さで夕日を追った彼はきっと逢魔時に長く居すぎたのだ。
私の足がもう少し速かったらと思うとゾッとする。
でも同時に、一抹の好奇心もある。
だって
地平線の向こうにいる彼は、とても幸せそうだもの。
【沈む夕日】2024/04/07
西に太陽が沈んで東に月が見えますわ的な昔の詩が好きでした。

4/7/2024, 1:15:11 PM