涙の理由
同棲をはじめて何回目かのケンカ。
彼女は大粒の涙を流しながら、何か言うのをやめた。
喉まで出た言葉を飲み込んでただ泣いている。
「泣けば、オレが謝るとでも……?」
バッと顔をあげて、彼女はオレを睨みつけた。
嫌な言い方をしたのはオレだ。
目を逸らし、深呼吸をした彼女はまた言葉を飲み込む。
「……もう、いい」と言い残し、風呂場へと消えた。
しばらくしてシャワーの音と彼女のすすり泣く声が聴こえてくる。
本当に些細なことだった。小さな不満がチリとなって溜まって大爆発。
売り言葉に買い言葉。オレは服を脱ぎ散らかし、彼女はよく物を無くした。
お互い様なのはよくわかっている。一度火のついたものを吹き消すことができないように、お互いにヒートアップして傷つけあった。
頭をかきむしり、ドカリとソファーに座る。
彼女が戻ってくる間に今の気分がマシになって冷静に話し合いできればいいと思いながらスマホを開く。
ロック画面には、三通ほどショートメッセージが表示されていて送信相手は同僚の前田だった。『これ、お前のか?』のあとに『画像を送信しました』『スタンプを送信しました』というメッセージ。
開いてみるとちょうど15分ほど前に送られてきたらしい。
画像はケンカの理由になった大事なボールペン。
オレは彼女が無くしたとばかり思っていた。
自分の事は棚にあげて、彼女を批難した。
前田にメッセージを送り、ため息を吐く。
どっと疲れが出て、一気に罪悪感に襲われた。
馬鹿なのはオレだ。
ガチャッと音がして、彼女が風呂から上がってきた。
火照った頬とは違い、目元も赤く腫れていた。
「あ、あの、さつきちゃん……」
じろりと睨みつけてくる。
「あ、いえ、さつきさん……」
スマホの画面が見えるように差しだした。映し出されているのは先ほど前田が送ってきたボールペンの写真だ。
「会社にあったそうです……。本当に悪かった……いや、ごめんなさい、許してください。このとおりです」
スマホを見せたまま深々と頭を下げる。
数秒経っても彼女は何も喋らない。ちらりと顔をあげて彼女を見るといまだ眉間にシワを寄せ睨んでいた。
「―――っす」
「んえ?」
「アイス、買ってくれたら許す……」
睨んだまま、涙の滲む目を袖で拭いながらそう彼女は言った。
「いくらでも買います! 服も片付けます! 約束します」
「……私も、気をつける……」
「仲直り、しれくれます?」
手を広げると、遠慮がちにゆっくりと腕の中に収まる。
ぎゅっと腕に力を込めると、さつきはオレの胸にぐりぐりと頭を数回こすりつけた、抱きしめ返してくれた。
これがオレとさつきの仲直りの決まりごと。
9/27/2025, 8:15:35 PM