“星空”
なかなか寝付けずソロソロと抜け出した深夜の街は、ひっそりと静まり返っていた。ただ道なりにポツポツと街頭だけが灯っている。連日熱帯夜が続いてうんざりしていたが、今日は涼しい風がときおり吹いていて悪くない気分だ。
気分のままに歩いていると気づけば河川敷まできていたらしい。街頭もほとんどない真っ暗な中、月の光でキラキラと光る水の流れを眺める。小さな頃はよくサッカーやらキャッチボールやらで遊ばせてもらっていたこの場所は朝から夜までなんだかんだでいつも人がいた記憶があったけれど、流石に午前二時には人の気配はない。
昔は学校帰りに場所取りなんかしていたのになあと懐かしい気持ちになる。有り余った元気を出し切る様に夢中で遊んでいたところを、元気だねえと笑って見守ってくれていた大人たちがよく座っていたベンチを見つけて腰掛けた。人っ子一人いない寂しい河川敷から見上げた夜空にはうるさいくらいに星が瞬いていた。
理科は苦手だったから、星座は正直オリオン座しかわからない。冬の夜空にでっかく浮かぶそれをみてああと思うものの、夏の夜空の星座はさっぱりだ。夏の大三角というのがあることだけは辛うじて知ってはいるが、どれがどこにあるのか空をじっと眺めていてもわからなかった。
あのちょっと明るいやつだろうか?手元にある端末を取り出そうとした時、誰かの足音がした気がした。反射的に振り返ると男が一人こちらへやってくるところだった。
「……ひさしぶり、だね」
「お前、なんで……」
ぎこちなく笑う男はそれでも歩みは止めず、しれっと隣に腰掛けた。彼の夜空色の髪がふんわりと風に撫でられて靡いてキラキラとしていた。夜空の色をした髪も、穏やかで深いその声も、いつもはぼんやりとしているのに好きなことに関して話す時だけは星が瞬くみたいに輝く目も、なんだか夜空みたいな男だなとふと思った。
彼とは、同じ仲良しグループに所属していたもののずっと"友達の友達"くらいの間柄だった。必ず間に誰か共通の友人がいた。名前も知っているし挨拶もするけれど、それだけだった。そんな彼とたまたま二人きりになってしまった帰り道で沈黙に耐えかねた彼が、教えてくれたのがオリオン座だった。
物静かで大人びたやつだと思っていたけれど、暗くなりだした空を指差して目をキラキラさせて熱く語る姿は年相応の子供だった。案外仲良くなれるかもなあ、なんて思った翌日に彼はこの街から引っ越していった。
せっかく仲良くなれそうだったのに、とやけにムカついたせいで唯一オリオン座だけは忘れられないでいる。あの時のムカつきがじわじわと唇を侵食していく。
「オリオン座って夏はどこにあんの?」
俺の言葉に、一瞬まんまるに見開かれた目はすぐにキラキラした夜空になった。
7/5/2024, 6:15:12 PM