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風が運ぶもの

春の朝、町の小さな公園で、空気は心地よい温かさを帯びていた。木々の間を抜ける風が、足元の草を揺らし、そっと顔に触れる。風の中に、何かが混じっているような気がした。

隣のベンチに座っていた老人、安藤さんは、ひときわ鋭く風を感じ取った。彼の目の前には、小さな紙片が舞い降りてきた。それは、何の変哲もない薄い紙だったが、風に乗って、まるで彼を呼び寄せるかのように、ゆっくりと彼の足元に落ちた。

安藤さんはその紙を拾い上げ、慎重に広げた。そこには、古びた文字で書かれていた。

「約束は、忘れないで。」

その一言だけが書かれていたが、安藤さんにはすぐにその意味がわかった。数十年前、まだ若かった頃、大切な人との間に交わした言葉。あの日、彼はその約束を果たせなかった。今までずっと胸の奥に押し込んでいたその約束を、風が運んできたのだ。

「約束を守れなかったな」と、安藤さんは静かに呟いた。

風が再び吹き、彼の周りを取り巻く。目を閉じると、若き日の彼とその人の笑顔が浮かび上がった。風は、過去を運び、忘れかけていた記憶を蘇らせる。もう一度、その約束を果たすために動き出す時が来たのだと、安藤さんは感じた。

風が運んできたのは、ただの紙片ではなく、心の中に埋もれていた「未完成の約束」だった。




関係ないけど花粉つらいね

3/6/2025, 10:16:19 AM