お祭り
遠くから聞こえてくる祭囃子。
お祭りが開催されている神社から、少し離れた公園のベンチに座っている少女が一人。
浴衣を着ているが、どこか楽しそうな雰囲気ではない。地面を見つめて、小さくため息をついていた。
「……遅い」
巾着からスマホを取り出し、画面を見つめる。何も連絡がなく、時刻だけが過ぎていく。
またため息をついた。幸せがドンドン逃げていっているような気がすると思った少女は首を左右に振った。
「……まぁ、どうせ、遅い原因はアイツだろうけど」
ベンチから立ちあがろうとした時だった――
「ごめん、待った?」
「わりぃ、腹痛くてさぁー」
走る様子もなく、のろのろとゆっくり歩いて登場した二人の青年。
一人は黒髪で黒縁メガネをかけていて、もう一人は銀髪で両耳にピアスをつけていた。
「やっぱり、原因はアンタか……連絡しろ、バカ兄弟」
「あ?わざわざ、来てやったのに」
銀髪の青年は少女を睨みつけた。
それを制するように、黒髪の青年が銀髪の青年の頭を軽くこづいた。
「こーら、睨まない。ごめんね、真白(ましろ)は腹の調子悪くてイライラしているんだ」
「してねぇーし、もう平気だし、清澄(きよすみ)」
銀髪の青年、真白はお腹をさすりながら答えた。
だが、黒髪の青年、清澄はそれを無視して、少女の髪に触れる。
「浴衣に似合っているね、この髪型」
「流石、清澄わかっているね、ありがとう」
「ふふっ、杏樹(あんじゅ) は、いつもかわいいから」
「さらりとそう言うこと言えるの、素晴らしいと思う」
少女、杏樹は少し背伸びをして、清澄の頭を撫でた。
耳を赤らめる清澄を横目に頬を膨らませて拗ねている真白の姿。
「なぁー、さっさと祭りに行こうぜ」
「アンタが、それを言う?私、かなり待っていたんだけど?」
「へーへー、わるぅーござんした」
べーっと舌を出して、一人スタスタと公園の出口に向かう真白。
「ごめんね、真白が。行こっか、杏樹」
「うん、いいよ、気にしてないから。どうせ真白だもの」
苦笑いをする杏樹。真白の性格をわかっているので気にしても、仕方がないと心の中で思っていた。
清澄と一緒にゆっくりと歩き出し、祭りを開催している神社へと向かう。
――
神社に着くと人が結構集まっている。焼きそばやたこ焼き、唐揚げなどの匂いが漂っていた。
清澄と杏樹は何をするかを話しながら歩いているのに対し、真白は二人より先々と歩いてい離れていく。時々、振り返り二人の様子を伺っていた。
「ねぇ、杏樹、たこせん食べようよ」
「いいね、清澄、食べよう食べよう」
「んじゃぁ、俺が買ってくるから、あそこの石段で待っていて」
清澄に言われて、指定された石段へと向かい、そして座る。
少し硬くて冷たいと思った杏樹だが、時期に慣れると。
しばらく行き交う人を眺めていると、真白が右手に何か持っていた。
真白は杏樹の隣にどかっと座った。数秒沈黙が続いていたが、杏樹にりんご飴を差し出す。
「私に?」
「……好きだろ、りんご飴」
「好きだけど、何も言っていないのに、わざわざ買って来てくれたの?」
「……いらねぇーの……?」
少し不安そうな表情をする真白。
きゅっと口を結び、杏樹の出方を伺う。
「ううん、いるよ。嬉しい、ありがとう」
真白はその言葉を聞いて、安堵した。
口が少し悪いが優しい一面を持っている真白を知っている杏樹。
りんご飴をぺろっと舐めると甘い味が口の中に広がっていった。
「……清澄は?」
「たこせん買ってくるって言って、帰ってこない」
「……そっか」
すると、花火が打ち上がった。大きな音が神社に鳴り響く。
「始まったね、花火」
「……そだな」
二人揃って、夜空を見つめる。
綺麗に咲き乱れる花火たち。そして、儚く美しくて散っていく。
「……清澄と付き合うのか?」
ドーンっとまた音が鳴り響いた。
杏樹は真白にどう答えようか悩んでいた。
確かにこの祭りがある日までに告白はされたが、返事を保留にしている。
「お似合いだ思う、二人は。幼い時から清澄はお前のこと好きだったからなぁ。付き合えば、絶対大事にしてくれると思う」
ちくりと杏樹の心に何かが刺さる。何故か、真白にはそう言って欲しくなかったと思っていた。
夜空に連続に花火が打ち上がると歓声が沸いた。
「おぉー、綺麗だな、花火」
寂しそうに笑う真白。瞳は、花火を映している。
「……んじゃ、俺帰るわ」
静かに石段から立ち上がる。そして、人混みへ向かおうとするのを引き止めた杏樹。
するりとりんご飴が地面へと落ちていった。
「な、なんで帰るの?まだ……まだ花火上がっているじゃん‼︎」
「おいっ、りんご飴落ち――」
「りんご飴、今はどうでもいい。なんで帰るの?」
「もう見たし、いいかなと。あと、暑いから帰る」
大きな花火が打ち上がった。ドーンと鳴り響く。
「最後もっと花火は綺麗だと思うし、暑いならかき氷食べよう‼︎」
「何必死になってんだよ」
「なってないなってない」
杏樹は焦っていたて。離れていきそうで。消えてしまいそうで。
「いや、なってんじゃん。……清澄、そろそろ帰ってくると思うし」
「いいじゃん、三人で花火見ようよ」
真白は首を左右に振る。そして、へにゃっと笑って見せた。
「今年の祭りで最後。いつまでも一緒にはいられない」
その言葉を言うと同時に清澄が戻って来た。
「ごめん、遅くなって。結構並んでいてさぁ。しかも花火も始まったからなかなか、動かなくて」
「清澄、俺帰るわ。腹いてぇーし」
「え、そうなの、大丈夫?」
「んー、わからん。まぁ、帰るわ」
ひらひらと手を振って去る真白。そして、人混みの中に消えていった。
「大丈夫かなぁ、真白。あ、そうだ、お待たせ杏樹。たこせん――」
清澄が言い終わる前に、杏樹は駆け出した。
人混みの中、真白を探す。しかし、見当たらない。
本当に消えてしまったようだ。急に息が苦しくなった杏樹。
どうやって自分が呼吸していたか、わからなくなったようだ。
胸もぎゅうっと締め付けられ、足も慣れない下駄で痛くなってきていた。
「いない、いない、どこにもいない、なんで?」
神社の階段を降りても、真白の姿はどこにもなかった。
「ましろ、ましろ」
杏樹の目には涙が。ポロポロとこぼれ落ちた。
清澄よりも真白のことが好きだと今、わかったと。
だから、杏樹は清澄に告白されても即答ができなかった。
「杏樹?」
声がする方を振り返ると、神社の階段から真白が降りて来ていた。
「あれ、清澄は?」
「……バカ‼︎真白のバカ‼︎どこ行っていたのよ‼︎」
ばちんと両手で真白の頬を叩いた。突然のことに目を丸くする真白。
「えっ、トイレに行っていました……」
「なんでトイレなのよ‼︎」
「えっ、腹いてぇーから」
叩かれた両頬がヒリヒリするのと腹を交互にさする真白。
すると、真白に抱きつく杏樹。ミシッと音がした。
「いででででで、こんのゴリラ怪力女、離せって」
「いやだ、真白から離れない‼︎」
「いやいやいやいや、離れないと俺の骨がミシミシ言っているって、いででででで‼︎」
「これ、離したら、真白は帰るでしょ、消えるでしょ‼︎」
ギリギリと締める力を強める杏樹。絶対に離すまいと。
「わかった、わかったから‼︎帰らない、消えない‼︎だから、離せって」
「真白は嘘つくから信じない」
「いや、マジでやばいって、複雑骨折になるから、祭り来て複雑骨折とかありえないから‼︎」
「そんなに力強くないっ‼︎」
最後の花火が打ち上がった。夜空に繚乱の花火がキラキラ輝く。
「花火、終わっちゃったじゃんかっ‼︎」
「俺のせいじゃないつぅーの‼︎離せって‼︎」
渋々だが、真白を解放した杏樹。
やっと解放された真白は、ぜーはーと息をついた、
「……来年もお祭り来るから、ずっと、真白と一緒だから‼︎」
涙をポロポロ溢しながら言い放った。
真白はギョッと驚いたが、すぐに表情を戻し、杏樹の頭を撫でる。
「わかった、わかったから、泣くなって。来年も三人で祭り来よう。な、これでいいだろ?」
「よくない、全然、よくない‼︎」
「んでだよっ‼︎」
「真白のわからずや、もう知らない‼︎」
杏樹はそのまま走って帰って行った。
ぽかーんと一人残された真白。しばらく、その場で立ち尽くしていると、清澄に声をかけられた。
「やっと見つけた、連絡しても出ないし……あれ、杏樹は?」
「なんか帰った」
「はぁ?また何かいらないことでも言ったの?」
清澄の言葉に首を左右に振ろうとしたが、やめた真白。
「ゴリラ怪力女って言った」
「いや、なんでそれを言った?はぁー、謝りに帰るよ」
やれやれとした表情で真白の横を通り過ぎる清澄。
少し距離をあけてから、清澄の後ろを歩く真白。
「……わからずやか……そっくりそのまま返すし」
頬をさすりながら、小さく呟いた――
7/28/2023, 3:01:41 PM