彼は私の愛のない遊び相手の一人だ。
私達の関係は、ある種、契約の上で成り立っている。
破ってはいけない掟はただ一つ。
互いに愛を求めてはいけない──
それなのに、いつからだろう……彼の愛が欲しいと思うようになってしまったのは──
「ねえ、ちょっと言ってみてほしいことがあるの」
「何?」
「“愛してる”って言ってみて」
「……なぜ?」
「別に。ただ、似合わないことを言わせてみたいなぁ、って思ったの」
嘘でもいいから、愛の言葉を囁いて欲しかった。
けれど、あなたに対する想いは悟られてはいけない。私は揶揄うような笑みという仮面を被ることで、本心を封じ込める。
彼は無表情に私を見つめてくる。その冷めた瞳が封じ込めた本心を暴きそうで怖くなった。私は思わず目を逸らす。
「…………Love you」
沈黙にも等しい間を置いて、彼は愛の言葉を紡いだ。なんの感情も込められていない渇いた響きが哀しかった。
「なんで英語? というか、それを言うならI Love youじゃ?」
「I Love youだと俺が君を愛しているということになるじゃないか。だからIを外した」
「意地悪ね。ちょっと性格が悪いんじゃなくて?」
「これは心外だな。愛がないのに心にもない偽りの言葉を囁く方が、よほど酷いと思わないか?」
ああ、彼はなんて残酷で誠実な人なんだろう。
こんなにも側にいるのに、彼は誰よりも遠い存在なのだ。
それなのに私は、決して手の届かぬ者の愛を求めている──これほど惨めで滑稽なことが他にあるだろうか?
彼の愛の言葉に“I”が添えられる日は、永久に訪れることはない──その事実を噛みしめると、心にいくつもの亀裂が生じる音が聴こえたような気がした──
テーマ【Love you】
2/24/2024, 7:15:33 AM