Noir

Open App

相合傘

靴箱から出る
朝は晴れだったのに今は「ザーザー」となる大雨。
この時期特有の天気の変わりようには心底呆れるものがある。やっぱり天気予報を見ることは大事よな。うんうん。そんな自問自答に似た会話を頭の中で繰り広げながら1本の折り畳み傘を出す。
深呼吸をして大雨に飛び込む覚悟が出来たとき、視界の右端にうつったのは困り顔をする好きな人。
(傘持ち合わせてないのかな)
(傘がある自分+傘がない好きな人=相合傘できるチャンス!?)
そんな思考が頭の中に飛び込んでくる。
「良かったら途中まで一緒に帰らない?」
「傘!あ…る……し」語尾に近づくほど小さくなる声に頭の中の自分が怒っているのが分かった。
「どう…かな?」
「いいの?じゃあその言葉に甘えさせてもらおうかな」
「もちろん!全然大丈夫だよ!」思ってもいなかった返答に日本語がおかしくなっていたかもしれない。
でもそんなことが気にならないほど嬉しかった。

大粒の雨が傘に落ちる音がいつもより大きく聞こえる。
君と僕が2人きりで帰れるのは最初で最後かもしれない。そう思うだけで僕の心臓は周りの音よりも大きくなっている気がした。
君にとっては365日の中のある1日の一時。
僕にとっては一生の中で1番大切な一時。
そんな対比が頭の中を駆け巡った。
「家、ここ」そんな彼女の声がして、思考から手を離す。
どうやら彼女の家の前についたらしい。
「じゃあね。」
「うん!傘ありがと!」
「ううん。気にしないで。」「バイバイ。」
「うん!バイバイー!」明るい彼女の声の後に聞こえたのはガチャンと玄関扉がしまる音。

マップを頼りに自分の家に帰る途中、視界のはしにまばらな白色をとらえた。顔をあげるとたくさんの白いサクラソウが咲いていた。そんな所で僕は一粒の涙を流していた。自分でも驚いたが、どうやら自分の体は我慢の限界だったらしい。
「バイバイ、僕の…………。」
最後に言った言葉は声が小さすぎたのと大雨によってかき消された。ただ、唇が震えていたことだけが分かった。




サクラソウの花言葉「叶わぬ初恋」

6/20/2024, 10:00:39 AM