「性教育よ」
母はそうのたまった。
だが無理やり俺の手を引っ張って、自分の裸の胸に押し当てた母の顔は、どう見たって教育者の顔じゃなかった。
母が死んで二十年近く経つ今も、トラウマものの苦い思い出だ。
自慢じゃないが、俺は頭が良くない。学校のテストでも常に赤点で、母に「次があるじゃん」とくたびれた顔で励まされると、いつも泣きそうになったものだ。
そんな俺が今さら母の思い出をいい方向ヘ昇華させようとしても、思いつく策といえばろくなものじゃない。
思えば今までここに明記できないようなことばかりしてきた。それをしてるときだけは母のことを忘れられる。
けれどいつも効果は一瞬だけ。朝が来たら持続時間は切れてしまう。
人肌の儚さを何度も思い知らされた。仲良くしていた人間は俺から離れていった。
もういっそ洗濯機か板で頑固にこびりついた母という汚れを俺の記憶から綺麗さっぱり落としたいが、何度洗ったってしょせん頑固汚れはやっぱり残る。
本当の意味での孤独になり、悲しみに暮れた俺は、そこでふと思い至った。
「俺はあの人のことが……好きだったのか?」
自分の正気すら疑うような考えだった。
だが今でも未練を捨てきれないということは、つまりはそういうことだろうか。
もしそうだとしたら、全て俺に都合がよく事が運ぶ。拷問のような日々でしかなかったはずの記憶は、母と温かく暮らしていたころの優しい思い出にすり替わる――。
子供の頃に触った母の肌の感触を思い出して、俺は知らず知らずのうちに笑っていた。
5/2/2025, 3:12:28 PM