「どうして」
僕の目の前で彼はいなくなった。僕は彼に何も言えなかった。 今までで一番穏やかで、安心したようなその顔に、見惚れてしまったから。綺麗だと、そう思ってしまったから。
僕は死ぬのが怖い。死を体験したことがないくせに。死とは何かも知らないくせに。死が視界に入るだけで、体が強張る。どんなに苦しくても、どんなに逃げたくても、生きてしまう。生きようとしてしまう。恐ろしいはずの「それ」を、全て知っているような彼が羨ましかった。それと同時に、僕の知らない世界を見つめる彼を理解することはできなかった。だが、あんなにも綺麗な顔をされては、苦しさを先延ばしにしてまで生きようとする自分が、滑稽に思えてくる。彼は、どんな世界を観ていたんだろう。もうその答えを知る由もない。彼は僕の知らない世界を独り占めにして、去っていった。
これじゃあ、勝ち逃げじゃないか。
1/14/2026, 1:28:14 PM