薄墨

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足元にぽつぽつと穴が空いている。
そんな干潟を、私は歩く。

でこぼこな波模様が描かれた砂沼は、ところどころに開いた大小様々な穴から、ぷくぷくと泡を吹いている。

この下に、貝がいるのだ。
おそらく、殆どはマテ貝だろうけど、中には…アサリや小蟹なんかの棲家もあるはずだ。

干潟は歩きにくい。
海水に浸り、水分を含んで濡れた細かい砂は、泥と大差なく、私の足を掬う。

子どもの頃、よくこの海に遊びに来た。
ちょうど、今くらいの時間だ。ここが干潟になる時間。
幼馴染を連れて、よくここに来て、蟹や貝を獲って遊んだ。

いつもは海面に隠れている、荒く削れたコンクリートや表面を占領されたテトラポットも、今は顔を出している。

側面にびっしりついているのは、カメノテだ。
あれもよく獲っては持ち帰っていた。厳つい見た目に反して、出汁がよく出て味が良いのだ、あれは。

あの頃は夢中で貝を獲って…そのうちこの獲物を誰が獲ったのか分からなくなって…どれを誰が持って帰るのか毎回、口喧嘩をした。結局、最後は勝負事で決めよう!となって、かけっこかジャンケンをすることになるのだ。

…これからも、ずっと、永遠に続けば良いのに
あの頃、微かに感じた切ない想いを、言語化するなら、きっとこうなる。

私は疑わなかった。これからも、ずっと、あの日が続かなくとも、私たちの関係は続くのだと。
これからも、ずっと。
私たちは、幼馴染で、友達で。一緒に過ごす時間は短くとも、これからも、ずっと、私たちはこの土地で、この海の見える町で、仲の続いた腐れ縁の友人であり続けるのだと。

これからも、ずっと、私はここに居たかった。

「おい、そろそろ時間切れだ。行くぞ、新造」
「お待ちくんなせえ、後生ですから。今日ここから出立するのはわっち一人。せかせかした男はモテぬわえ」
反射的に出た廊言葉に、密かに苦笑する。

「…少し待ってやる。だが、テメェの幼馴染がいったい何円無心してると思う?……あまり長くは取ってやれねえぞ」
そんな言葉を背後に聞きながら、私は手の中にあるガラス玉___遠い昔、あの幼馴染に最初に貰ったプレゼントのガラス玉___を海に向かって放り投げた。

「ようござんす。これでわっちがここに思い残すことはありんせん。行きましょう」
振り向いて、わっちは歩き出す。

遠い後ろの方で、ぽちゃん、と音がした。

4/8/2024, 12:28:46 PM