かたいなか

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「『懐かしく思うこと』っつってもよ……」
パッとすぐには出てこないんだが?
某所在住物書きは迫る次の題目配信の刻限を前に、打開策を探してスマホをいじり続けている。
「アレか?『小学校の頃、遠足で◯◯に行ったとき、運悪く土砂降りだったね』とか?『修学旅行、ぶっちゃけ特に思い出無かったよね』とか?」
俺の執筆スタイルじゃ、書きようがねぇだろって。
物書きは呟き、他者の思い出をガッサガッサと漁っては、どうにも物語として組めず途方に暮れる。

「やっぱ俺、エモネタ、不得意よな」
一番難関だったネタ、今までで何があったっけ。
4月20日あたりの「もし未来を見れるなら」?
たいして懐かしがりもせず、物書きは昔の投稿作をスワイプで探す。

――――――

いつも一緒にランチ食べてる職場の先輩が、珍しく休憩室のテレビ画面を、じっと観てる。
「ポカン顔」がしっくり来る。いっそプチ絶望かもしれない。
なんだろうって気になって、私もテレビを観たら、東京の今年の11月に関するニュースだった。
「じゅうよねんぶり、」
先輩がポツリ呟いた。
「そういえば、上京最初の年の、11月……」
先輩は、雪国出身だ。
5月の夏日とか、晩春初夏の30℃とか、だいたい溶けて、ぐでんぐでんになってる。

つまり「東京は今年の11月、25℃以上の日が何日か続きます」って報道だった。

「懐かしい?」
雪国出身者じゃなくても、11月の夏日は正直驚く。
画面の週間予報には、26℃とか、25℃とか、秋にあるまじき数字がズラって並んでた。
それでも「11月の夏日は14年ぶり」って報道から、私も昔、ハロウィンの後の夏日を経験してた筈だった。
記憶にございません(事実)

「懐かしいものか。散々だった」
「やなことでもあった?」
「暑さにやられて、おまけに風邪までひいて」
「インフルは?大丈夫だった?」
「風邪が治った後でな」
「わぁ」

「これを懐かしいとは思わないだろう」
「納得」

弱ったな。夏物など、ほぼ整理し終えた後なんだが。
諸事情で、今月いっぱいで東京を離れる予定だった筈の先輩が、頭をガリガリかいてスマホを取り出した。
多分、すぐ買えて、かつ安めの、良さげな夏服でも探してるんだと思う。
「誰かさんが、『東京離れるの、待って』と言ってくれたお陰でな」
「だって恋愛トラブルの責任をさ、被害者の先輩がとって、田舎に引っ込むとかおかしいもん」
「事実だろう。私が居るせいで、この職場にあのひとが押し掛けて」
「出禁だもん。もう大丈夫だもん」

ため息ひとつ吐いて、スマホをポンポン操作して、ポケットにしまって。
ひいきにしてるお茶っ葉屋さんの子狐が、朝買ったティーバッグのオマケでくれたっていう、ひとくちサイズのポテトパンケーキを、ぱくり。
私も2個貰ったけど、おいしかった。子狐の冗談はよく分かんない。

「甚平でも買いに行く?新品のやつ、一緒に?」
「6月22日に、お前が『会計する』と言って、結局残高足りなくて私が払ったやつか?アレなら、まだ部屋にある」
「今回は私が払います、ちゃんとはらいますー」

10/31/2023, 5:32:45 AM