「たまには別の場所を通って帰ろう」
卒業式の帰り道、隣で歩いていた彼が言った。
突然の提案に、思わあず彼の方を向く。
家が近所なので、付き合い始めてからずっと一緒に帰っている。
けれど、そんなことを言われたのは初めてだった。
もしかしたら彼にも思うことがあるのかもしれない。
なぜなら、こうやって一緒に帰るのも最後なのだ。
私たちは中学校を卒業し、四月から別々の高校に進学する。
だからなのだろうか、彼は見たことのない顔で私を見つめている。
不思議に思いつつも、私はコクリと頷く。
それを見た彼は私の手を取り、いつもと違う道に入る。
彼の大胆な行動に驚きつつも、素直についていく。
いつもはは通学路から見るだけの脇道。
緊張しながらも、彼と二人で入っていく。
脇道に入って、急に雰囲気が変わり少し驚く。
さっきまでいた道より狭く、どこか暗さを感じる。
営業中かどうか分からない個人店やかすれた標識を見て、まるで異国に来たかのような錯覚に陥る。
それでも不安にならないのは、きっと彼が手を握ってくれてるから。
「ここ」
しばらく歩いた先で、彼は公園の前で立ち止まる。
「連れてきたかった場所」
彼が指さしたほうを見ると、そこには見事な赤い梅が咲き誇っていた。
「きれい」
心の中の言葉がそのまま口をついて出る。
「君に見せたくて」
「ありがとう、嬉しい」
彼の気遣いに心が嬉しくなる。
公園の中で静かに立っている梅の木。
いつからいるのか、大きくて立派な梅だ。
それはもうすぐ春の訪れを知らせる、幸運の花。
でもそれは私たちの別れを知らせる、不吉の花。
今日で最後と言うことを思い出して、急に不安になる。
彼はどう思っているのだろうか?」
「四月から別の高校だね」
「そうだな」
彼は素っ気なく言葉を返す。
「でも、引っ越すわけじゃ、ないし。すぐ、会えるし」
少しつっかえながらも、彼の想いを伝えてくれる。
別れる気が無い事に、心の底から安心する。
私はそれが嬉しくて、顔がほころんでしまう。
「また見に来ようね」
「ああ」
次に会う約束をする。
もうこうして一緒に帰ることは無いのは寂しい。
だけど、彼とはまた会える事が、何よりも嬉しい。
もしかしたら、新しい学校の準備で会えるのがずっと先になって、その時には梅の花が終わっているかもしれない。
だけどそれでも構わない。
花の無い花見だって、彼と一緒なら乙なものだ。
3/5/2024, 10:18:14 AM