いろ

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【香水】

 机の片隅に飾られた香水瓶。もう何年も使っていない、ただの置き物と化したそれを捨てることすらできずにいる。
 香りというものは、纏う人間によって微妙に変わるものらしい。私がいくらこの香水を使っても、君の香りをなぞることはできなかった。むしろ似て非なる香りのせいで、記憶が上書きされていく。君との思い出が消えていく。その感覚が恐ろしくて、私は君の遺していった香水をただの飾り物にした。
 君を抱きしめるとほのかに香った、涼やかな甘さのラストノート。私の愛した人の香り。
(忘れないよ、絶対に)
 何年、何十年経とうとも。君を愛した気持ち、君と過ごした時間、その全てがこの香りに結びついているのだから。
 記憶の中の香りを思い返しながら、私は小さな香水瓶の冷ややかな表面をそっとなぞった。

8/30/2023, 9:52:51 PM