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「ハルさんってすごく頼りになりますよね」

「この前私のクレーム引き受けてくれて」

「優しいし美人だし仕事もできる」



うちの課にはハルさんというスターがいる

才色兼備という言葉を人型にしたようだ
手足はスラリと長くて
腰の位置は高く スタイルは2次元みたい
小さい顔にマニッシュショートが
とびきり似合っているし、
声は鋭いのに柔らかくてよく通る
話しかけるとバラの花のように
気丈に穏やかに美麗に微笑んで
仕事だって普通の人の5倍はできるんじゃないか

きっと私とは住んでいる世界が違う
ずっとそう思ってた



のに、
そんなハルさんは
今、私の腕の中にいる



「……あれっ!?えっ!?ハルさん!!!?」

ぼんやりした熱っぽい意識の中
手元にある暖かな人肌を確かめるように
手を動かしたら
短い髪の毛がサラサラと指を滑って我に返る

うーん、と呻く音すら綺麗で人魚の囁きみたい

一方
雲の上の人が腕の中にいる事実に
私はひたすら言葉を失い、
汚い池に住まう鯉さながらパクパクしていた


「は、ハルさん!ハルさん?
なんで?私どうしたんだっけ……」

気がつくとここは自室だった
一人暮らしの私の部屋、
もともとの性格もあってそれなりに
整理整頓はしているが、
それよりなにより
美しい存在が若干1名
私、そして私の膝を枕にしてハルさんが寝ている


「えっ、これは一体
何がどうなって……ええ……!?」

RPGだったら住民Cくらいのモブ度合いの
私はとことん言葉が出ない

住民Cの膝の上に
勇者御一行の見目麗しいパラディンがいるなんて
これはバグに違いないはず


「もう、なに…じっとしててよ…」

もぞりと少し不機嫌そうに呻かれ、
びくりとしたのもつかの間
宝石みたいな目が私を捉えた

「たまには甘えたいの、ねえはやく撫でて」

紅色の唇が艷めく
いつものハルさんから香ったことのない
壮絶な色香に頭がクラクラして
私は無心で手を動かし
彼女の小さな頭を全身全霊で撫でた





気がつくと朝になっていて、
私の部屋にハルさんの姿はなく
重だるい住民Cの肉体と思考だけがあった


ただの夢か、と私は吐き気と共に
安堵の気持ちを持ちながら
いつもの様に会社の長い廊下を歩いていると



「おはよう」

「わあああっ!!!!」

「そんなに驚かないで、昨日はありがとう」


ハルさんがいつもと同じように
神様みたいな存在感でそこに立っていた

笑んだ時の目なんか月みたいに優雅で

一方、飽きずにまた鯉と化した私の耳に
華のような唇をよせ

「すごく幸せだった、また甘えさせて」




私はその日中、
この転生物のライトノベルの
タイトルはなんだろうと考え続けていたが
二日酔いの頭ではよいタイトルが思いつかなかった

とりあえずもう記憶が飛ぶまで
酒を飲むのはやめようと誓った

3/5/2024, 1:45:45 PM