ミミッキュ

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"微熱"

 ピピピピ…ピピピピ…
「ん、……」
 久しぶりの休日の早朝、いつものように目覚ましの音と共に意識を浮上させ、上体を起こす。
「……」
──なんだろう、身体が少し熱い気がする。
 気の所為だと一瞬払い除けようとしつつも医者の性には抗えず、サイドテーブルの引き出しから体温計を取り出し、スイッチを入れてシャツを捲って脇の下に挟む。
 少し待って『ピピッ』という音が鳴り、挟んでいた体温計を取って液晶に表示された体温を見る。
 37.5℃
 微熱だ。
「はぁ……」
──せっかく久しぶりに丸一日休みだと言うのに……。
 休みの日に済ませたい事を一気に済ませようと思って計画していた事が崩れて、大きな溜め息を吐く。
──まぁでも、微熱なら半日位で下がるか……。
「みゃあ」
 俺の溜め息に起きてしまったのか、ケージの中の子猫が鳴き声を上げる。
「悪ぃ、起こしちまったか?」
「んみゅ」
 ベッドから下りてケージの中を覗き込みながら子猫に謝罪の言葉をかける。だが子猫は何処吹く風、小さく鳴いて皿の中の水を飲んでいる。
「待ってろ。今、飯持ってくるから」
 ケージの扉を開けて餌皿を取り、部屋を出て子猫用のご飯を皿によそってぬるま湯を入れてふやかし、スプーンで混ぜてペースト状にする。
 皿を片手に部屋に戻ると、ケージの外に出ていた子猫が「みゃあん」と元気な一声を上げてケージの中に入る。
 いつもは扉を閉めてから部屋を出ているが、休みの日なので今日は一日扉を閉めないでおこうと扉を開けたまま部屋を出たのだ。
 「ほら」と皿をケージの中の定位置に置くと「みゃあ!」と鳴き、皿の前に陣取って中に顔を埋めて「うみゃうみゃ」と鳴きながらご飯を食べ始める。
 ご飯にがっつく子猫をまじまじと見る。まだ数週間だというのに、最初の頃より大きくなっている。子猫の成長は早いと聞いたが、まさかここまで早いとは思っておらず、とても驚く。だが驚きと同時に、微笑ましくもある。
──たんと食べて、大きくなれよ。
 いまだにご飯をはぐはぐと食べている子猫の背中を優しく撫でる。すると子猫がこちらを振り返り「んみぃ」と鳴きながら、背を撫でていた手に喉を鳴らしながら擦り寄ってきた。餌皿を見ると、沢山乗っていたはずのご飯が綺麗に無くなっている。
「お前本当に食いしん坊だな」
 ふ、と微笑ましく思っていると、身体の怠さが襲ってきた。軽度の怠さで気にならない程度だが、身体の熱っぽさと相まって具合が悪くなる。ふらりと立ち上がってベッドの上に寝転がって毛布にくるまる。
「はぁ……」
 先程より少し酷くなっている。微熱だからといって侮るなかれ、あまり動くと熱が上がってしまう。
──飯は、いいや…。用意している間に熱が上がってしまう…。
 ぼーっと天井を見つめていると、何かがベッドの上に乗ってきた。
「みゃあ」
 目だけを動かして横を見ると、子猫がベッドの上に乗って枕元に来ていた。不思議そうに俺の顔をまじまじと見ている。その様子を眺めていると、俺の顔のそばで体を丸めた。
「お前、まさか心配してんのか?」
 なんて絵空事のような事を口にすると「んみぃ」と鳴いて少しすると、ゴロゴロと喉を鳴らし始めた。
「……」
──暖かくて、落ち着く。
 すると、だんだん眠くなってきた。
──休日だし、こういうのもたまにはいいだろ。
 眠気に抗う事なく、瞼を閉じて意識を手放し、眠りにつく事にする。

「ん……いつの間に…」
 目覚まし時計の液晶に目をやる。おそらく二時間ほど寝ていたのだろう。
「?…あれ……」
 上体を起こすと、思わず疑問の声を上げる。朝起きた時と眠る前にあった熱っぽさと怠さが無い。試しにもう一度体温計で熱を測ると、平熱にまで下がっていた。
 下がるのに半日は要すると思っていたのに、こんなに早く下がってしまうとは。柄にもなく驚いて、開いた口が塞がらない。
 ふと、枕元に寝ている子猫を見る。まだ気持ち良さそうに瞼を閉じていて、すやすや夢の中だった。
「……」
──ありがとう。
 ふ、と口角を上げて心の中で、まだ夢の中の子猫に感謝の言葉をかける。
 起こさないように、そーっとベッドから下りて、自分の朝食を済ませに部屋を出た。

11/26/2023, 11:43:43 AM