「はい、喜んで」
いつの間にか午後11時をとっくに回っていた。この幸せに包まれた時間もこれで終わり。ぼくは、彼女になったばかりの少女の華奢な手をそっと握って、不器用にも精一杯の愛情を伝えた。チッチッと時を刻む音がする。ありがとうと、涙ながらに口にした彼女の顔は、"この1年"で最も美しく愛おしい表情だ。
そして、時計が12時を告げた。日が変わる、その瞬間にぼくと彼女で紡いだ魔法が解かれていく。
そして最も残酷な瞬間。
「どちら様ですか……?」
ぼくは、引き裂かれるような胸の痛みを必死に堪えて平静を装った。血が滲む程強く唇を噛んで答える。
「初めまして───」
彼女にかけられた呪いは、1年後のこの日、再び彼女の記憶を奪いに来る。前にだけしか進まない時計の針。ぼくが何度憎もうと時間の針は戻らない。だから、せめてもの抵抗としてぼくは赤の他人である少女に自己紹介をする。
「───ぼくは、1年後の彼氏です」
その困った表情も、やっぱり可愛らしい。
2/6/2023, 12:43:24 PM