野ばら

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夕凪の気配を感じて、ぱちりと僕は目を開けた。
タンクトップに麦わら帽子の夕凪は、サイダー味のアイスキャンディを齧りながら河原に寝転んだ僕のことを見下ろしている。
そのアイスキャンディみたいな爽やかな青空が夕凪の後ろに広がっている。蝉の声がうるさくて、夕凪の声が聞こえない。
ぱっと夕凪が身を翻して河原を駆け下りて行く。夕凪、と呼んだ僕の声はやっぱり蝉の声がうるさくて僕自身にも聞こえなかった。慌てて身を起こして川を見るとそこには水面に浮かぶ麦わら帽子がひとつあるだけで。頭が真っ白になりながらその麦わら帽子に向かって馬鹿みたいに必死に急ぐ。水が冷たい、川が深くて足がつかない、麦わら帽子に手が届かない、それでも手を伸ばす、麦わら帽子が離れていく、息が続かない、目の前が真っ暗になる。
はっ、と、僕は目を開けた。
僕を見下ろす夕凪の口元は、笑顔を作ろうとして歪に歪んでいた。はくはく、とその口元が動くけれど僕にはもう何も聞こえない。
何度繰り返しても夕凪の声は僕に届かない。
ねぇ、バカみたいだね、僕ら。

[3/22 バカみたい]

3/22/2024, 1:30:54 PM