夢で見た話

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ずっと昔に捨てたのに、忘れられない名前がある。
かつての私を示す記号。
忘れたことさえ忘れ去った頃、亡霊のように帰ってくる。
彼女にそれが知れた時、ああ、またか、と目の前が暗くなった。

『…、それは忘れてくれないか。』

なぜ、と黒い目が問い掛ける。良い名前ですね、と微笑んでいた女(ひと)はその笑みを翳らせてしまった。でも話せない。君はその頃、私がどんなだったか知らないんだ。それで良いんだ。暫くの沈黙が落ち、彼女は小さな声を返した。
ごめんなさい、と。
何も悪くないのに、かつての私のせいで、それを明かせないせいで、君に寒々しい思いをさせている。返せる言葉が思いつかない。

彼女が一歩、私に近づいた。更に一歩。
両の手が片方ずつ彼女に取られる。呼吸も触れ合いそうな近さ。いつもより幾分冷たい手に強く掴まれ、互いの緊張が伝わる。
もう二度と口にはしない、と、小さな唇がささめいた。

…けれど、今日まで貴方を生かしたのなら、私はその名も大切に思います。かつての貴方を。

止まっていた呼吸がはっ、と流れた。
彼女の肩がびくりと震える。それでも視線は合ったままで、両手は強く繋がれていた。ゆるゆると指に力を入れ、その冷たい手を握り返す。

『いつか、そんな風に思えるだろうか。』

綺麗な顔がほんの少し赤みを戻して、未来の貴方に聞いてあげますよ、と言った。
その頃には貴方が気絶してしまうような女の秘密も教えてあげます、なんて明るく言いながら、色っぽく科を作るものだから笑ってしまった。


【忘れたくても忘れられない】

10/17/2023, 1:03:21 PM