徒然

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元気の出る音楽というのは、誰にだってあるだろう。
僕にとってのそれは、君の奏でる音楽だ。
そう聞くと、さぞ素敵な音を出すのだと思われるかもしれない。
高い演奏力か、表現力か、はたまた人を惹きつける才能か……要因は沢山あるだろう。でも、それはあくまで一般論であり、君の奏でる音楽の説明にはなっていない。
そうだと思わないか?

「……はぁ。ちょっと何言ってるかわかんない」
「なんでわかんないんだよ」

夕方の音楽室。
壁に寄りかかりながら座る君に僕の熱弁が全く伝わっていなくて悲しくなってくる。

「とりあえず、その富澤ムーブで返事するの辞めようか」
「いやいや、今のはまじで何言ってるかわかんなかったやつだからね?いつでもサンドを挟んでくると思うなよ」
「いつもまずそれで返事するだろうが…」

″サンド″というのはコイツの好きな芸人の名前。好き過ぎてやたらとネタを挟んで来るので、俺もいつしかツッコミが当たり前になってしまった。

「大体なんなんだよ。『君の奏でる音楽〜』とか、「僕は〜』とか。お前そんなキャラじゃ無いだろ」
「雰囲気あって良いだろ?夕暮れが綺麗な音楽室に親友が2人…。好きな音楽について語り合う構図は画になるからな。こかは、君と僕を使う事で優し気な雰囲気を醸しているわけで…」

続ける俺の説明など興味が無いようで、窓の外を見ながら大あくびをしている。聞く気がないなら最初から尋ねないで貰いたいものだ。

「文芸部員の考え方はロマンチック過ぎてようわからん」
「うるせ。お前こそ軽音部の練習は良いのかよ」
「言っただろー。今活動休止中。メンバー揉めてんだよ、文化祭もあんのにどうする気なんだか」
「他人事だな。お前もメンバーだろ?」

そう尋ねると心底面倒そうな顔をしてこちらを振り向いた。

「お前にはわからねぇよ。あいつら毎日のようにケンカしてるんだぜ?解散すんにもメンバー足りないからバンドが組めなくなるし、毎日毎日俺は蚊帳の外であいつらのケンカ眺めてるだけって…頭痛くなるわ」
「それは…ご愁傷様な事で」

天を仰ぎ大きなため息を吐いているコイツが少し可哀想にも思えるが、コイツの場合他人に興味が無いので本当は揉めていようがどうでも良いんだろう。ただ、純粋に音楽が好きで音楽さえ出来ればきっとそれで満足なのだ。
メンバーが揉めようと、ライブが出来れば良いのだろうが、それは果たして良い音楽なのだろうか。

「仲直りさせてやれば?お前蚊帳の外なら仲取り持ってやれば良いじゃん」

そう提案する俺に対しコイツは、心底嫌という事がわかる程に表情が歪む。普段無表情な癖してこういう時だけは豊かに変わるから面白い。

「えぇーーーやだよ。絶対に嫌。俺無理そういうの。つか実際どうだって良いし。俺はライブさえ出来ればそれで満足なんだよ」

思った通り。コイツは自分の音楽さえ出来れば良いのだ。
前に『バンドマンなんてのは自己中の集まりだ』などと言っていた。そして『うちのメンバーはそれが顕著に現れているから纏まりが無いんだよ。オレは違うけど』などと言っていたが、コイツも大概である。
結局自分が良ければそれでいいのだ。自分のやりたい音楽が出来るなら、それで満足。だから深く干渉する事もせず、ただ外から傍観するだけ。

「でも今のままじゃライブ出来ないんじゃねーの?」
「まぁな。でも、いっなんだかんだライブまでには仲直りするからどうにかなるだろ」
「そう言って、この前のライブは全然纏まってなくて悲惨だったろ」
「オレは上手かったから良い」
「お前が上手くたって、バンドとして悲惨だったら意味ないだろ…。バンドなんだから、ソロじゃ無いんだぞ」

その言葉が癪に障ったのか、いきなり立ち上がって大声を出した。

「んな事わかってるよ!」

思わず出てしまった声量に、本人すらもびっくりしてる。しかし勢いは止まらず、とめどなく言葉が溢れてきた。

「オレだって良い演奏がしたいさ!バンドとして!個人じゃない。メンバーで一つの良い物を作りたいよ…。作りてぇよ。だってバンドなんだぜ?5人で一つの音楽を作らないと何の意味もねぇなんて、お前に言われなくたってわかってんだよ!」

はぁ、はぁ、はぁ。
肩で息をしながら滲み出る涙を目に溜めている。

何て声を掛けようかと迷っていると、音楽室の扉が開いた。





「あれ?1人?大きな声が聞こえたから、てっきり誰かと話してるのかと思ったんだけど…」

扉を開け様子を見に来たらしいクラスメイトが音楽室の中見回す。
ジャージを着ている所を見ると、こいつも部活で学校に来ていたのだろう。

「あ、あぁ。悪い。電話してた」

オレは慌てて窓際に置いていたスマホを手に取り見せた。

「なんだ、そうだったの。また1人で何か喋ってるのかと…声、廊下まで響いてたから」
「大丈夫だって、もう1人で喋るなんてしないから。悪いな、気をつけるよ」
「…ま、何かあったら言ってよ」
「ん。ありがと」

扉が閉まり去った事を確認して、オレはまた椅子に座ってため息をついた。
お前はオレの顔を心配そうに見つめている。

「…悪い。言い過ぎた」
「俺の方こそ何も考えずに…言ってごめん」
「お前は悪くない。悪いのはオレだ。お前に八つ当たりしたんだ。バンド内での揉め事もオレが間に入れば良いのは本当だ。蚊帳の外なんて言って、本当は諦めていただけなんだよ。オレは…オレだけが、まだあの日から立ち直れて無いんだ」

オレの言葉にお前は申し訳無さそうな表情を浮かべた。

「お前のせいじゃ無い。お前は何にも悪くねぇよ。オレがまだ向き合えてないだけなんだ」

お前の手を握ろうとした手は空を掴む。やっぱり触れないみたいだ。先程乾いたはずの涙が、また溢れてきそうだった。

「ごめん…。俺があの時ちゃんと周りを見ていたらこんな事には…」
「別にお前のせいじゃないだろ。悪いのは全部、あの時飲酒運転してたおっさんだ。オレはアイツだけは絶対に許さねぇ…」

つい語尾に力が籠る。今でもあの日の映像が脳裏から離れない。
オレと別れた直後だった。横断歩道を渡るお前を見送り手を振っている所に、飲酒運転の車が突っ込んできた。
運転手は無事。しかしコイツは打ち所が悪く、その後病院で息を引き取った。

お盆は、地獄の釜が開いて死者の魂が帰ってくる日らしい。お前はオレを心配して、地獄からオレの所に来てくれたんだな。自分の家にも帰れた筈なのに、真っ先にオレの所に来てくれた。
それが嬉しくて、情け無くて、オレは死して尚お前に心配を掛けているのだと思うと自分に腹が立つ。
オレは変わりたかった。向き合いたかった。お前の居ない事実にずっと目を瞑って居たが、それももう今日で終わりにしよう。

「なぁ、聴いてくれるか?」
「いいよ」

お前は「何が?」と訊く事もなく、いつも即答してくれるな。どんな時でもオレの話を聞いてくれた。ただ側で頷くだけのその時間が、オレは好きだった。
オレを親友だと言ってくれた。オレも親友だと思っていたさ。いつも恥ずかしくて、照れ臭くて言えなかった事沢山あったんだ。居なくなって気づくなんて遅いと思われるだろうが、オレはには沢山あったんだ。明日も、明後日も、当たり前にお前に会って話が出来ると思っていたから伝えられない日が来ないと思って無かったから。

オレはケースを開けてギターを取り出す。アンプに繋ぎストラップを掛け、弾く準備をしてお前の方に向き直った。

「オレはこういうの苦手だから。自分の感情とか伝えるの苦手で曲にしたんだ。歌詞はいつもお前に書いて貰ってたし、自分で一から書くのは始めてで上手く伝わるかわかんねぇけど…。お前が居なくなって、どう向き合えば良いかわからなくて…でもオレにはこれしか無かったから」
「うん…わかってる…」
「オレは、もうお前に心配掛けたく無い。お前が安心して帰れるように、聴いて欲しい」

深呼吸をして、ギターを奏でる。ベースもドラムの音も無い。ギターの音だけじゃ寂しいけど、今はこれが精一杯だ。だけどお前に伝えるのはオレの音だけで良い。
オレはお前の書く詩が好きだった。お前の詩に曲を付けるのが楽しかった。お前とバカやって、笑って、ケンカした日々すらも愛おしいんだ。

先に死にやがって、バカやろう。まだあのマンガ返して無いんだぞ。大好きなバンドのライブ、また一緒に行こうって約束しただろ。お前の好きなアイスの新作出てたんだぜ、オレはやっぱり好きじゃ無かったわ。お前の味覚がわかんねぇよ。
オレはお前と修学旅行行きたかった。大学同じ所行こうって言ったじゃねぇか。社会人になったらどうするって、とんでもない未来予想図描いてたのに、お前が居なくなってしまったら何にもならねぇだろ。

あぁ、居なくなってしまったんだな。隣に居たお前の姿毎日探しているよ。
教室の机が、とうとう無くなってしまったんだ。名簿からお前の名前は消えたし、お前の居た証が少しずつ消えていくのが堪らなく嫌だった。
だから、今こうして目の前に居るお前だって本当はオレにだけ見えて居る幻覚なんじゃ無いかと思ってんだぜ。
幽霊なんて信じてなかったけどよ、今は、今だけはその存在に賭けたいんだ。
幻覚なんかじゃ無い。お前が目の前に居るって事実を。


曲は最後のサビを終え、アウトロに差し掛かる。
いつの間にか溢れ出ていた涙が頬をつたり、手元にまで落ちてくる。視界がボヤける。気のせいかお前の存在までボヤけてるみたいだ。
オレは拭えない涙で視界が曇らないよう、精一杯目を開く。

足先から消えかかるお前の姿に、まだ行かないでくれという気持ちと、安心して帰って欲しいという気持ちがせめぎ合っている。

夕陽が沈み掛けて居る。もう時期夜だ。そこかしこで焚かれた煙の匂いが風に乗って教室に漂う。
迎えが来たのだ。時間なのだ。もう少し、もう少しだけで良い。最後にお前に…。

最後のギターを掻き鳴らした時には、もう見えなくなっていた。

ボヤける視界で最後に見たのは、大粒の涙を流しながら笑うお前の顔だった。
逝ってしまったのだろうか。最後まで音は届いただろうか。オレの気持ちは、想いは届いただろうか。

「ありがとう、親友」

耳元で囁かれた言葉に思わず振り返る。しかしそこには誰も居なかった。
気のせいか、それとも…。

「ありがとよ、親友。お前の事は一生忘れねぇよ」

窓の外、落ちた夕陽の気配が残る青黒い空に呟いた。
そよ風がカーテンを捲る。お前の笑い声が聞こえたような気がした。


#親友へ 【君の奏でる音楽】

8/13/2023, 6:12:47 AM