鏡の森 short stories

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#005『小さなバタフライ』
現代/SF・微ホラー

 もしも未来を見れるなら。選ばなかった選択肢、それでも選んだ選択肢、どっちも山ほどあるに決まってる。
 たとえば中二の新学期。目が悪いんで変わってくれと頼まれて譲った席は、学年一かわいい女子の隣だった。
 たとえば文化祭の出し物。一票差で決まった演劇で馬の後ろ足役をやることになり、本番ですっ転んでいい笑い者になった。
 たとえば高校の部活動。ダチに合わせて入った野球部の顧問がゴリゴリのパワハラ野郎で、殴られてできた額の傷はいまだに目立つ。
 大学じゃパチスロにハマって、バイト代はほぼ注ぎ込んじまった。奨学金にまで手をつけた奴のことをさんざんバカにしていたが、一念発起、起業して速攻で返済をすませたと聞いた時は、そういうルートもあったのかと……いやダメだな、俺には多分無理なやつだ。
 三桁の会社に未来をお祈りされた一方、やっと決まった勤め先は大手製造業の下請けだったが、給与未払いを起こしかけて逃げ出さざるを得なかった。つなぎのバイト先でばったり再会した同級生と付き合い、再就職が決まってから結婚したんで、ここらのルートは問題ないな。
「ちょっとママ! パパの靴下と一緒に洗うのやめてよ!」
 洗濯を手伝っていた娘が何やら叫んでいる。なんつー言い草だ。
「友達が水虫とかうつっちゃって大変だったんだから。そんなのなったら、もうパパなんか絶交だし」
 ……どうやら危機一髪だった。家族旅行で温泉に行った時、スリッパを履き間違えられてうつされたやつだ。原因がすぐ特定できたから修正が効いた。選択し直す事柄はなるべくささやかにしておく必要があるのだ。
 たとえば中二の新学期。席替えを渋ったら何やら変な噂が立ち、クラス替えまでずっと居心地が悪かった。
 たとえば出し物がお化け屋敷になった時。暗闇で仕掛けに足を引っかけ、全治三ヶ月の怪我を負った。
 たとえば高校の部活動。帰宅部を選んだらいわゆる不良グループに絡まれるようになって、まともに通学できなくなった。
 未来はいつでも不確定だ。修正しても誰にも気づかれることはないが、修正した結果があらかじめ分かっているわけでもない。
 ブラジルで蝶が羽ばたいたらテキサスで竜巻が起こる? そんな変化は望んじゃいない。
 望んじゃいないが、退職を一ヶ月前倒しにした結果再会した同級生はDV野郎との結婚はしないですみ、娘はおれの娘になった。たまたまうまくいっただけで、あの時の変化はデカすぎた。
 だから最近、俺は視界の蝶を無視している。

《了》
お題/もしも未来を見れるなら
2023.04.19 こどー

4/19/2023, 12:55:10 PM