突然の別れ
三千四百十円。なんとも収まりの悪い金額だ。
私は手にした財布を仕舞い、隣を見た。
「いくら?」
「ハズレだった。千円ちょっと」
淡い金髪のセミロングをふんわり肩にかけた彼女は、悔しそうにそう言うと、同じように財布を仕舞う。高級そうな革財布。恐らく、高い財布なら金額もリッチだと思って選んだのだろうが、見事に当てを外したようだ。中身より入れ物の方が高い。
「あーあ。最近みんな持ち歩くお金少なくない?ペイペイのせい?」
「そんなことないと思うけど」
むくれる彼女に苦笑して、私は立ち上がった。コンビニにご飯を買いに行くのだ。水は公園にある。
週に一度、私達は財布を盗む。奪ったお金でご飯を買って、二人で食べて、毎日あてどなく歩き回る。
「今日は何食べるの?」
「パン。千円じゃあ、贅沢できないし」
彼女は答える。盗んだお金は互いにあげない。それが私達が決めたルールだ。犯罪は犯罪だから、自分で盗んだお金は責任を持って自分で使う。そんなルールしか私達に守れるものはない。
陽射しの降り注ぐ河原を歩きながら、私は思う。かつて地獄の底から私を救ってくれた彼女の姿を。一緒に逃げようと言って、赤く汚れた手を差し出した彼女の笑った顔を。
私は彼女がいればそれでいい。身一つで、財布を盗んで、公園の温い水を飲む生活だって構わない。彼女が隣で笑ってくれるなら、そこが私の天国だ。
今日は後ろがうるさい。通行人のひそひそ話。あの子、ニュースの−−−−同級生を刺したっていう−−−−本当かしら−−−−−
そんな声が聞こえたのだろうか。
「行こう!」
いきなり、彼女が笑って駆け出した。
人が追って来る気配がした。彼女は止まらない。汗が飛び散り、息が上がり、不規則に足音が鳴り響く。春の終わりの熱い日の下を、私の手を引いて、どこまでも走っていく。
−−−―-−−~〜〜−−ーーーーーーーー……………
それは、私の最後の記憶だ。二人きり、小さな旅の最後の一日の、最後の思い出だ。
彼女はいなくなった。私達は捕まって彼女と引き離され、彼女は泣き喚いて、私はどんな顔をしていたのか覚えていない。
何年経っても、金色の髪を揺らして私に微笑みかけた彼女の神々しいまでの美しさを、私は反芻している。彼女の手がまだ赤く染まっているのも知っている。
あなたがいなくなった日、私は人生を歩くことに決めた。あなたの人生を歩むことに決めた。広い世界が好きだったあなたは、まだ暗く狭い部屋にいる。
人生は選ぶものだ。そうあるべきだ。少なくとも私はそう思っている。
5/19/2024, 2:48:42 PM