22時17分

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「行かないで……」

呪縛霊の少女が、名残惜しい手を虚空へ伸ばした。
先祖代々の墓、と書かれている。この墓場の前で、何十年も離れられないでいる。

彼女は、自分が何で死んだかすらわからない。
自分の容姿もわからない。
髪は、長かったような気がする。
三つ編みが好きだった気がする。
髪質を気にしていた時もあった。
背が小さいことがコンプレックスだった。
しかし、霊となった今、背が低いのは、本当は老婆の様相をしているかもしれないと予想した。
すでに背骨が曲がっていることがわからない年寄り。
身体は人間であるか。それもわからない。

人に聞こうにも、霊だから視えるはずもなく、視えたら視えたで怖がられるだけ。
不可視の存在に怯えるのが、人間の個性である。見えない空気を吸って、見えないものを吐き出している。
だから、少女は何時までも孤独。
会話はおろか、自分の声色を忘れているくらいだった。
つい先程言った声も、自分の声とは思えない。
とても、とても澄んだ色だった。

少女を捕らえる墓石も、時間に苔むしたようになっている。緑が多く、文字は文字化けしている。
周りの自然も、誰かに声を焼かれたように静かに見守っている。だから澄んでいるのだ。

それなのに……、目の前から通り過ぎようとしている男の人だけは違う。
彼は違った。
彼を除けば真の孤独だった。
彼は、理由は明かさないが、年に一回のペースでこの墓に来てくれる。汗の量を見るに、この墓は山頂にあるらしい。

いつも一人で来てくれる。
季節は秋。夏ではない
可能な限りだが、苔むした墓を洗ってくれている。
頑固な苔はさすがに無理だが、それでも半分以上は綺麗にしてくれる。

どうして、どうして?
と疑問を呈するが、それでも声は届かず、そして、また今度、と山を降りていく。

「行かないで……!」

と少女は、坂道を降りていく男に声を掛ける。
すると、彼は、ふいっと顔が動き、こちらを見た。
それで終わりだ。
秋風が彼の背中を撫で、それで歩いていく。
それだけで、少女は泣いてしまった。
来年は、ちゃんと来るのだろうか。心配になった。

10/25/2024, 9:03:18 AM