星が遥か上空に見える。横幅一メートルもない路地裏を進んでいくと、二つ並んだ室外機のせいで更に狭まった道の奥に、大人一人がぎりぎり蹲まれる程の隙間がある。小学生位の子供だったら横たわることもできるが、それでも狭いものは狭い。
四方を外壁に囲まれ、外に出れるのは通ってきたこの道一本のみ。長くいると世界から完全に断絶されているように錯覚し始めるこの空間は、幼い頃の俺が歩き回ってやっと見つけた隠れ家だった。
諸々の事情で家にも学校にも居場所がなかった俺にとっては、ある意味この場所こそが唯一安らげる自宅であったのだ。
ここなら、誰も来ない。ここなら、静かに本を読める。尻や背中がじんわりと湿っていくけれど、慣れてしまった俺は特に気にすることもなくここにいた。
……今考えると、誘拐なり、暴力なり、病気なりと常に隣り合わせで、かなり危なかったのだな。あの日々は。
そう、もしも俺が、ここにいることによって、何かの事件に巻き込まれていたら。
あの頃に、俺の生が終わっていたら。
……それはそれで、悲しくも何かを教えてくれる素晴らしい物語として、世に知れ渡っていたかも知れないな。
いや、しかし、こうして生きていたからこそ、こんなにも沢山の物語を書き続けてこれたのだ。
俺の運命が、そちらの物語に続いていなくて良かったと、今、はっきりと言える。
もう一つの物語
10/29/2022, 1:51:35 PM