いろ

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【時間よ止まれ】

 手には枷を嵌められ、目は黒布に覆われ、それでも貴方は背筋を伸ばし真っ直ぐに立っていた。嘘のように青い空の下、己の死を願う民衆たちの歓声を聞きながら、悠然と。
 伸ばした腕が重く痺れる。僕がこの手を振り下ろせば、貴方の首は即座に落とされるだろう。国家の末永き安寧のためには、王家の血筋は残せない。僕たち騎士団は国家の歯車。ゆえにこそ民が王政を否定するならば、僕たちは貴方を、殺すしかない。
 頭ではわかっている。わかっているんだ、だけど。
「ちゃんと前を向きなさい」
 囁くような声だった。気がつけば地面に落ちていた視線を、慌てて前へと向ける。美しく微笑んだ貴方の凛とした立ち姿。これから貴方を殺す僕へと助言を与えるなんて、やっぱり貴方は大馬鹿者だ。
「民の前に立つからには、どんな時でも背を伸ばさなければならないよ」
 ああ、今この瞬間で時間が止まってしまえば良いのに。貴方と向かい合い、言葉を交わすこの瞬間。もう二度と訪れることはない、至福の時。
 だけどそんな願いは叶わない。そんな夢物語が叶う世界ならば、そもそも貴方は罪人として捉えられることなどなかっただろう。
 心臓が痛い。息が苦しい。目の奥が灼熱を持つ。それでも僕は、笑ってみせた。
 満足げに笑みを深くした貴方の姿を真っ直ぐに見据えながら、ゆっくりと手を振り下ろす。
 真っ赤な血飛沫に歓喜の熱狂を上げる民衆の声が、うるさいくらいに遠く反響していた。
 

9/19/2023, 10:05:15 PM