『桜』
「貴女が好きだった桜が、今年も咲きました。
六年前と同じように満開で、みんなの春を彩っています。
貴女の住む街でも、桜は綺麗に咲いていますか?
僕と同じようにあの日の出来事を思い出してくれてますか?
もしそうならば、僕はとても幸せだと思います。
雪が溶け、草木が芽吹き、満開に咲き誇る桜を見る度に貴女は僕を思い出すのでしょう。
また、手紙を書きます。会える日まで。」
そう締め括った紙を折り、春色の封筒に入れてポストに投函した。
4月になったとはいえ夜になるとまだ寒い。
空に浮かぶ三日月はうっすらと雲のベールがかかり、これが朧月かなんて思いながら来た道を戻る。
家までの直線を途中で左に曲がると、大きな一本の桜の木がある。
私が生まれてからずっと変わらずそこにあり、周りは小さく囲まれ公園になっている。一本の桜の木と二人がけのベンチだけの公園だ。
彼女と最後に話したのはこの桜の木の下だった。
二人でベンチに腰かけ、彼女はブラックコーヒーを、僕はココアを飲んでいた。
僕と彼女はあの日、何時間もここで話した。
日が暮れて、街灯の明るさが眩しくて、日付の変わる頃まで話し込んでいた。
過去の話、将来の話、彼女の少し大人な恋愛の話。
当時の僕はまだ、彼女を先生と呼ぶような立場と年齢だった。
そう、幼かったのだ。
未熟で、彼女を知るには若かった。
ねぇ、貴女と同い年に生まれたかった。
貴女の苦しみを僕も背負いたかった。
背伸びのし過ぎと言われても、僕は構わなかった。
手紙を出しても、もう貴女に届くことは無い。
貴女に僕の気持ちが伝わることは無い。
貴女がまた、僕の文章を好きだと言ってくれることは無い。
桜の花びらが散る。
あの日と同じように散る。
伸ばした手から花弁がするりと抜け落ちる。
春になると思い出す。
桜のような貴女との思い出を。
2025.04.04
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4/4/2025, 1:56:19 PM